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「遠い日の記憶」

それは本当にあったことなのか定かではない。記憶ですらないかもしれない。

海の上にぷかぷか浮かんでいる。青い空が広がっている。目に入るものは空だけ。退屈はしない。雲は刻一刻と姿を変える。時折飛行機が通過する。あとに残った飛行機雲が一本の線からゆっくりと形をくずす。

ふっと現実に戻る。ここは会社で、今は勤務時間中。パソコンに目を移すとデスクトップに青空が広がっている。記憶の空と似ているようで似ていない。

目を覚ますか。立ち上がって自動販売機でコーヒーを買う。飛行機飛んでいるのだから、そんなに古い記憶ではなさそうだ。

自分でもわからない記憶について、それは前世の記憶か、あるいはこれから起こる未来の記憶か、という説がある。

「知ってます?身に覚えのない記憶を占うアプリがあるみたいですよ」

そう言って隣の席の後輩がスマホの画面を見せてきた。

「私、森の中でさまよって滝にたどり着く記憶があるんですけど、それを占ってみました。なんと、修験者だったときの記憶らしいです」

アプリを見せてもらった。生まれた日、場所、その記憶の出現頻度、内容などを入力する。最も重要なのは種族なのだそうだ。属する種族だけでなく、祖父母まで遡って種族を答える。これが地味に面倒だ。種族など差別を助長するものだからと、種族制度が廃止された。

「自分の種族なんてわかんないよ」

「大丈夫。わかります。人は生まれると同時に足の裏に種族などの情報を書き込まれるんです」

「そんなの聞いたことない。でたらめ言うな」

「でたらめかどうか、試してみればいいじゃないですか。このアプリで読めますよ。靴脱いで下さい。靴下は履いたままで大丈夫です」

こいつは何を言っているのだ?自分の種族を知ってどうする。もしや違法な差別主義者じゃないだろうな。

「別に知ったからといってどうこうするつもりはありませんよ。純粋に知りたいだけです」

記憶を持つのはかつて支配階級だった種族だ。他の種族よりも優位に立とうと戦いに明け暮れ、とうとう共倒れになった。残った少数の生き残りは世界中にちりぢりになり、特殊能力も封印した。

その後、被支配階級の種族が支配者となり、種族の区別を廃止した。それで平和が保たれている。

「俺には身に覚えのない記憶なんてないよ。くだらない。そんなアプリ信用するな」

森の記憶の持ち主か。あいつは敵だな。しかし、いい加減なアプリだ。修験者だと?短絡的すぎる。もっとうまくやるように指示を出そう。

7/17/2024, 12:40:12 PM