絶対に開けてはいけないよ
お隣に住んでいたおばあちゃんは、わたしに言った。
私は手渡された少し大きな缶を、上からも下からもぐるっと見渡した。満足がいくまで眺めてから、どうして?と聞こうとすると、おばあちゃんはいなくなっていた。またいつか聞けばいいやと思ったけれど、それがあのおばあちゃんとあった最後の日になったので聞けなかった。おばあちゃんはいなくなってしまったのだ。
ある日、いつも通り散歩に行くと言ったまま帰ってこなくなったという。お年寄りにはよくある話だとママから聞いたけれど、私はなんだかもやもやとした。そんなことをするような人かな?おばあちゃんはいつも決まった時間に散歩をしていた。それがわたしの学校に行くために家を出る時間と同じだったから、わたしは毎朝すれ違っていた。その度におはようと優しく丁寧に挨拶をしてくれる人だったので、違和感があったのだ。
何よりあの缶。おばあちゃんはそれを渡してその翌日にいなくたったらしいのだ。今もわたしの手元にあるそれをもう一度ぐるっと眺めてみる。振ってみても、カラカラともガサガサとも音がしない。何かが入っているとは思えないこれを、どうして開けてはいけないのだろう。そもそもどうして私にそれを渡したのだろう。開けてはいけないと言われると、どうしても中身が気になってきた。でも、開けてはいけないという言葉を破ることはなんだかとても大きなことのような気がして私はそれを開けられないまま大人になった。
今でもそれはずっと手元にある。引っ越しや掃除のたびにそういえばそんなものもあったな、と思い出し、なんだか手放せずにずっと押し入れに閉まってあるのだ。
あれから15年くらいだろうか。あの後わたしは引っ越したのでおばあちゃんがどうなったのかわからないけれど、無事だったのだろうか。私はなんだか無性にあの事件(と呼ぶほどのものではないが)の行方が気になり出して、当時住んでいた家の近くまで足を運んでみた。
私の家だったところは別の家が建っていたけれど、お隣はそのままおばあちゃんの家のままだった。勇気を出してインターフォンを押すと、同い年くらいの女性が出てきた。知らない女の登場に少し緊張した面持ちで「どちら様ですか?」と聞く彼女に、私も緊張しながら口を開こうとして一瞬躊躇う。何を言ったらいいのだろう。おばあちゃん、元気ですか?違う、15年も経っているのだし、仮に帰ってきていたとしても、もしものこともあるかもしれないし。私は短い時間で考えあぐねた結果、鞄からあの缶を取りました。女性は何も知らないようで、不審そうな顔を私に向ける。これを、15年前にこのお家のおばあちゃんがいなくなる日の前日にもらったと伝えた。女性は驚いていた。そして私も驚いた。この家に15年前に失踪したらおばあちゃんは存在しないらしい。おばあちゃんはいるけれど5年前に亡くなっているとかで、失踪などはしたことがないと伝えられた。私は驚きのあまり言葉も出なかったけれど、とにかく向こうからしたら私はただのの不審者なので、なんとかその場を丸く収めたあとお礼を言ってその家を離れた。
呆気に取られたまま帰宅する。
私の知っているおばあちゃんが、いない?
そんなわけがないと思う反面、少しだけ納得できる部分もあった。
おばあちゃんはいつも同じ時間に散歩をしていたけど、逆にいえばその時間以外に見かけたことがない。そして謎の缶をくれたときも、ふと気がつくといなくなっていた。もしかして、幽霊か何かだったということだろうか。そうなると、この缶を開けるのはかなり危ないのではないか?私は頭が混乱してきてしまった。そもそも全ての状況かなんだかおかしいのだ。
そして謎はこの缶を開けるまで解決しないとも思った。
けれども結局私はこれを開けることができなかった。
これを開けてしまったら私の人生は大きく変わってしまうと思ったからだ。それが良いことなのか悪いことなのかもわからないけれど。
秘密の箱、おばあちゃんは一体何者だったのだろう。
どうして私にこれをくれたんだろう。
どうしていなくなってしまったのだろう。
おばあちゃん、またいだか会えるといな。
そしたらその時は、このカンを開けられたらいいなと、おもう。
10/24/2025, 5:15:40 PM