Ryu

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あの日の海へ、あなたと還りたい。
一緒にいることを許されていた、あの頃へ。

遠く、水平線を滑りゆく船に、
「いつか、あの船に乗って知らない国へ行きたい」
と、あなたが言う。
「全部捨てていくの?」
「あなただけは捨てないわ」
「それは光栄だね。ところであの船は、さんふらわあって言って、北海道に渡る定期フェリーだよ」
「そうなの?」
「うん。富良野か美瑛辺りで、二人でのんびり暮らす?」
「それも…悪くないね」

二人とも、寒いのは苦手だった。
でも、二人なら、工夫して意見をぶつけ合って、何だって乗り越えてゆける、そう信じてた。あの頃は。

「さんふらわあ」の船体には、大きな太陽の絵が描かれていた。
水平線の彼方から昇る朝日のように希望に満ちて、きっと僕達を北の大地へと連れて行ってくれる。
そこで住みづらくなったら、今度は本当に知らない国へ、もっと大きな船で渡ればいい。

あなたの突然の心変わりは、何の前触れもなく、そんなすべての夢を粉々にした。
さよならを告げて僕の前から去っていくあなたの後ろ姿に、あの日の海辺で見たあなたの後ろ姿を重ねて、これは現実で、あの日のあなたが僕の前から消えてしまうんだってことを実感していた。

海の向こうへ渡ることを約束したあなたが。
力を合わせて寒さに打ち勝とうとしたあなたが。

あの日、あなたが砂浜で拾って僕にくれた貝殻。
今も僕の部屋の片隅で、過ぎた日々を思い出させる。
「あなただけは捨てないわ」
いつか、あの海へ返しに行こう。
ずっとそう思いながら、僕の部屋の片隅で、静かな波音を奏でるのを聴いている。

この貝殻は、まるで今の僕のように、単なる抜け殻でしかないのに。

9/5/2024, 2:09:52 PM