心の中の風景は
心の中の風景が魂のあり様を映し出すのものならば、彼の心の中に広がっているのはいつもモノクロの世界だった。
彼は幾多の美しい光景を目にしてきたし、心を震わす物語にも出会ってきた。平凡な彼には思いもつかない考え方で導いてくれる人にも会ったし、愛する人もいた。
だが愛する人とシーツを乱し合った夜でさえ、彼の中の風景が色づくことはなかった。彼が胸に留めておきたい風景は、波音さえも聞こえない夜の岸辺であり、霧に包まれた石畳の廃墟の街であり、動物たちが去った影のような森だった。全てが色彩を欠いたまま、ひたすらに静まり返っている。見捨てられ置き去りにされて、生命の活動が感じられない場所。そこでなら彼はようやくーー心からの安堵を得て眠りにつくことが出来る。
8/30/2025, 1:40:47 AM