かつて私の「目」は指であり、また白い杖だった。
あとは耳と感覚で、私は私なりに世界を把握しながら生きてきた。
私には当たり前のことだった生き方。
「なあ、ちょっといい? えっと、杖持ってベンチに座ってる君なんだけど」
「……私ですか?」
「うん、君。ちょっと君に聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「隣にココア持って座っていいか? 俺そこの席でココアタイムするの好きなんだ。嫌だったら退散するよ」
私が別に構わないというと、あの人は私にココアは好きかと訪ねてきて、私が好きだというと私のぶんのココアも買ってきてくれた。
「君の左手側にブルタブ開けて置くから」
優しい声と気遣い。心が暖かくなった。
これが私とあの人の出会い。
私はあの人に触ったことはない。あの人も私に触れたことはない。名前も連絡先も聞かなかった。
ただいつも同じ時間、あのベンチに座り何気ない話をする日々は、私の宝物になった。
目を見えるようにできる可能性は前から聞いていた。
でも生まれたときからこうして生きてきた私は、見えるようにすることに意義を見いだせず断っていた。
けれど。
「あなたにとって、私は何色の印象ですか?」
「桜色、かな」
「なんか綺麗で切なくて儚くて、でも毎年会えて嬉しいなって感じる色」
それは、『どんな色』?
それを知りたくなったから。
「黙って消えてすみませんでした。見えるようになるか五分五分だったもので」
「いや別に謝ることじゃないだろ。どこかで元気にしてると思ってたし?」
「……寂しいと思ってくれなかったと」
「いや、あの、ついココア2つ買っちゃったり空の隣に話しかけたりしてた…けど」
「ふふ」
光と様々な色を捉えるようになった私の視線の先には、大好きなあの人の姿。
桜の下で佇む男性の姿を捉えたときに、あの人が言った桜色とはこんな感じなんだなと知った。
色は心が満たされるもの。あなたが教えてくれたとおり。
「幸福を感じる色、ってなんですか?」
「そりゃ、虹色じゃない?」
「じゃあこれからは、私にとってあなたは『虹色』です」
「…俺もそう思うよ」
終
*お題「視線の先には」
7/20/2024, 9:01:04 AM