かたいなか

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「凍えた」と気付くのは、
指先がとっくに冷え切って、冷気が第二関節まで上ってきた頃だと思う物書きです。
その頃にはパソコンのキーボードを叩くにしても、完全に速度にデバフがかかってしまって、
なんなら指が思うように動かない気がするのです
なんて屁理屈は置いといて、
今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近のおはなしです。
都内某所には不思議な不思議な、本物の稲荷狐の一家が住まう稲荷神社がありまして、
そのうち稲荷狐のお母さんは、商売繁盛、神社の近くでお茶っ葉屋さんをしています。

美しい髪の女性に化けるお母さん狐は、
緑茶に和紅茶、台湾烏龍茶にハーブティー、
果ては稲荷狐に伝わる不思議な薬茶まで、
幅広いお茶を棚に並べて、お客さんを待ちます。

その日もお母さん狐は、コンコン、
お金持ちのお客さんに、それはそれは貴重で美しく、香りの良い工芸茶を、5個1セット。
そろそろ、売りつけることに成功しそうです。
「こちら、完全手作業、完全国産の工芸茶です」

お母さん狐は穏やかに、静かな笑顔で、こやん。
上等な紙箱を入れた取っ手付き紙袋を上客さんに、
手渡す前に、お客さん1名様を、お得意様専用の飲食スペースへご案内です。
「どのような花を咲かせるかご覧頂ければ、
きっと、お気に召していただけるかと」

さぁさぁ、どうぞ、こちらへ。
お母さん狐は特別スペースにお客さんを招いて、
磨き上げられた無色透明のガラスポットに、
ころん。 ひとつ、まるまる太った大きな栗の実のような茶っ葉の玉を、静かに入れました。

「寒暖差の大きい山の茶畑の中で、収穫から加工まで一環して、作られたお茶です」
たぱぱとぽぽ、トポポ。
まんまるガラスポットが熱湯で満たされます。
「カフェインが比較的少ない冬採りの茶葉を蒸して、手揉みで揉んで、加工して、
冬空の寒い頃、1枚1枚の茶葉を、
凍える指先もいとわず、まとめ上げるのです」

ポン。
栗の実サイズの茶葉の玉が、一瞬にして開きます。
一気に白いジャスミンが、ガラスポットの上、水面もとい湯面まで登ってきて、
その下で黄色いキンセンカが太陽のように花開き、
さらに下には、オレンジ色のマリーゴールドの花びらが、カーペットのように控えます。

「わぁ」
きれい。 お金持ちのお客さん、息をのみました。
目の前で咲く工芸茶の花は、すべて寒い冬のなか、
凍える指先で整えられて、結ばれて、玉に成形されて、お客さんの目の前まで来たのでした。

「こちら、サービスとなっております」
ジャスミンの上に小ちゃくて赤い、千日紅の花が添えられて、完全国産工芸茶の完成です。
ジャスミンの白、太陽のキンセンカ、それらが調和してひとつのポットで美しく整う工芸茶は、
ジャスミンがお客さん、キンセンカがお客さんの大親友のように、お客さん自身には思えました。

お客さんは工芸茶の美しさにうっとり。
「いただき……まぁす……!」
もはや購入は決定事項で、問題は金額より、「何箱お持ち帰りするか」の方。
「うん、決めたぁ!」

お客様はお母さん狐に、カードをピッ、渡します。
お母さん狐はただ穏やかに笑って、
かしこまりましたと、一礼しましたとさ。

12/10/2025, 9:58:19 AM