――あれは、ちょうど一年前のことだった。
春の終わりを告げる風が、制服の袖をやさしく揺らしていた。
放課後の教室には、オレンジ色の夕陽が差し込んでいて、世界が少しだけ特別に見えた。
「まだ帰らないの?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには君がいた。
窓辺にもたれながら、困ったみたいに笑うその顔を見た瞬間、胸が小さく跳ねる。
“まただ”
そう思った。
君と話すたび、心臓がうるさくなる。
名前を呼ばれるだけで、どうしてこんなに嬉しくなるんだろう。
「……別に。ただ、ちょっとぼーっとしてただけ」
強がって答えた私に、君は「ふーん?」なんて言いながら近づいてくる。
その距離に耐えきれなくて、思わず目を逸らした。
「一年前の今日、覚えてる?」
突然の言葉に、息が止まる。
もちろん覚えてる。
雨の中、傘も差さずに立っていた私に、君が「風邪ひくよ」って笑いながら傘を差し出してくれた日。
あの日から、私の世界は少しずつ変わっていった。
「忘れるわけないじゃん」
そう答えると、君はどこか安心したように笑った。
「よかった。俺だけ覚えてるのかと思った」
夕陽が沈みかける教室。
静かな空気の中、君がそっと私の名前を呼ぶ。
その声が、ずるいくらい優しくて――
「一年前から、ずっと好きだった」
世界が止まった気がした。
でも、本当は止まったんじゃない。
きっとこの瞬間から、
私たちの時間が動き始めたんだ。
5/8/2026, 2:34:09 PM