狐月影人

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 私が差し出したグラス。その小さな水面に映る彼女は美しい。

「何か、あったのですか?」

 私は努めて優しく問い掛ける。が、彼女は何も応えてはくれない。

 深く俯いていているせいで、こちらから表情は伺えない。

 彼女の傍らに置いたグラス。そこに彼女の顔が微かに映った。

 肩を小さく震わせて何かを恐れている。その様子は伝わってくるのだが、何を恐れていて、何を私に求めているのかは分からない。

 彼女が傍らにあるグラスに気付き、思い詰めた表情でじっと見詰めている。

「言って下さらないと分かりませんよ?」

 私がそう声をかけた時、彼女は衝動的にグラスを煽る。

 急に喉の渇きを覚えたのかもしれない。
 もう一杯、とカラフェを傾けかけた時。

「…もう、いいです」

 かつては鈴の音を彷彿とさせた美しい声ではなく、見る影もないほどの掠れた声でそう言った。
 最近はあまり眠れていないのかもしれない。

「そう、ですか」

 カラフェを机に置き、彼女の対面位置にある椅子へ腰を掛ける。
 そこで彼女の様子を伺いながらの次の言葉を待つことにしたのだ。

「…っと…て……」

 掠れた、蚊の鳴くような声で紡がれる言葉は、上手く聞き取れない。
 間違いなく意味のある言葉だったが、聴き逃してしまった。

「ゆっくりで大丈夫です。なんでも力になりますから、言ってみてください」

 そう言って、彼女の顔が少しでも見えるよう、覗き込むように頬杖をつくと彼女は顔を背けた。

「…ほっ、とい…て…ください!」

 絞り出すように、だが、部屋に響くほどの声量でそう言うと彼女は立ち上がり、部屋を後にする。

 私はそれを黙って見送った。
 あんな風に言われたのだ。
 追いかけようと思うはずもない。

 だが、美しい彼女のため。見守ろう。


テーマ:怖がり

3/16/2024, 12:04:11 PM