Tanzan!te

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Episode.5 海へ


突然だが、私はもう死んでいるはずだ。
生きていた時の苦しさから逃げるため、海に身を投げたからだ。
そういえば、死後の世界があるという噂を聞いた。


次に目を開けた時は、心地よくて暖かい場所にいた。
あたりは少し眩しく白い、地球の空のようだった。
ふと、私の右から誰かの声が聞こえた。

「お目覚めになられましたか、海琴様。」

見たことのない男性が、知らないはずの私の名前を呼んだ。
その男性はまるで神の使いのようで、とても美しく儚い人だ。

「ここは…どこなんですか?」

「ここは死後の世界の受付場所、あなたの今後について
 のご説明とご契約をさせていただきます。」


何を言っているのか分からない。


「……あなたは誰?」

「私はヨゼフと申します。
 死後の世界で働く、元々人間だった者です。」

「元々って…今は人間じゃないの?
 確かに人間なのか疑うような美貌だけど…」

「ふふ、ありがとうございます。
 私もここに来る前は、海琴様と同じ人間でした。
 後に詳しい説明をいたしますが、ここでは死後も、
 生前と同じような世界が作られており、そこで働く
 ことも可能なのです。もちろん、次の生命として生ま
 れ変わることもできます。私はここで働くと決めた際
 に人間を辞め、神の使いになるという契約を交わ
 したのです。」

ここで死んで来た人にこの世界の説明、案内をする人は神の使いになる契約をするらしい。
ただ死後の世界を楽しむ人は、それを同意する契約を交わす。
この世界は平和が絶対で、違反した者は連れられる。


「…説明は以上です。
 何か質問等はございませんか?」

「私、あの世界で受けたことが嫌で。耐えられなくて。
 それで海に身を投げたんです。
 …まだやりたいことがあるんですけど、この世界に
 も海はありますか?」

「ええ、もちろんございます。
 但し、この世界では命を絶つことはできません。
 もし自ら命を絶つような行動が発見されれば、その場
 で強制的に次の生命へと生まれ変わることになりま
 す。」

「それは大丈夫です。同じことはもう…大丈夫。」

正直、まだ躊躇いがあった。


私があの世界から逃げる時に海を選んだ理由。
生前好きだった女の子が、海で自ら命を絶った。
そして彼女と最後に交わした会話。


「もしも私も海琴も死んじゃったら、またこの海で会
 おうよ!夕暮れ時の海、なんかワクワクしない?
 水着持って行ってさ、青春しようよ!」

「急にそんな事言わないでよ…怖いなあ。
 でも約束!絶対忘れないでよ。」

「もちろん!まかせなさい!」


彼女は父親からの暴力に耐えられず死んだ。
私も彼女が死んでから何も手につかなくて、暴力を振るわれるようになって、耐えられなくて死んだ。
どうせ死ぬなら彼女と同じが良かった。


「…それでは海琴様、お気をつけて。」

「ありがとうございます。」


行きたい所があれば想像をする、そうすると目を開けた時にそこにいるらしい。
かの有名なアニメみたい、ちょっとワクワクする。



時刻は夕暮れ時、その海には2人がいた。
私とあの時約束を交わした彼女が。
ずっと、私が来るまで毎日待っていたのだろうか。
私はゆっくり彼女の方へ歩み寄った。

足音に気付いたのか、彼女は振り向いた。

「…海琴?」

「うん、ちゃんと来たよ、煒月。」

「…う、うわあああん!みこと、みことだああっ!」

泣きながら抱きついてきた。

「煒月、もしかしてずっと待ってたの?」

「待ってたよお…約束、覚えてたのうれしい!」

「忘れるわけないよ、会えてすごくうれしい!」


そこから、私達は会話を続けた。
誰がどう見ても友人の感動の再会だ。
…私にとっては少し違った。
でも煒月はきっと、煒月は、そうじゃないから。
期待はしてなかった。もう諦めていた。


「海琴!海、一緒に遊ぼうよ!
 水着着替えよーっと!可愛いの持ってきたんだー!」

「行こ行こ!私だって可愛いの持ってきたよ!」


でも、これもまた幸せで。
これ以上の関係を求める程に達しなかった。

私達は、再び海へと走り出した。

8/23/2023, 12:43:20 PM