「波にさらわれた手紙」
初めて書いた、初恋の君へのラブレター。中学二年生の時だ。僕は君への思いを手紙に綴った。直接言う事もLINEする勇気もなかった。仕方なく僕は君への溢れる感情を手紙という形で、ぶつけた。
冷静になって読み返すと、恥ずかしくてたまらなくなった。一度書いたものを破る事も、憚られ、捨てたらもし家族に見つかった時に、冷やかされそうで嫌だった。僕は考えに考えた末にラブレターを瓶に詰め込んだ。そして、家から電車で乗り継いで海へ行き、そっと流した。波が僕の思いを攫ってくれると思った。もし、誰かに拾われたとしても、個人を特定するのは不可能だ。僕は相手の名前と、僕の下の名前しかひらがなで書いてないんだもの。大丈夫、大丈夫。と言い聞かせて、波に飲まれる小瓶を見送った。
その時はまだ僕は知りもしなかった。
いつかの未来に、小瓶を偶然拾った相手が、まさか彼女のおじいちゃんだったなんて。
釣り好きのおじいちゃんが偶然見つけた小瓶の中身。
孫と同じ名前が書かれていて、気になって、家に持ち帰り、彼女の目に触れる事になるなんて。
そしてその出来事を、今僕に帰り道に教えてくれるなんて一体誰が想像していただろう。
世間は僕が思うよりも遥かに狭すぎる。
僕は手に汗握った。「私と同じ名前の恋文だって、おじいちゃん嬉しそうに話すのよ。変なの。」
彼女の話を聞きながら、僕は今一度大きく息を吸った。
本当のことを言うべきか、言わずに話を流すべきか、僕の中で天使と悪魔が囁き合う。
ふられても嫌われても、僕の思いをなかった事にはしたくはなかった。それを安易にすれば自己否定する事に思えたからだ。僕の中で数年後黒歴史になってもいい。腹を括った僕は彼女の名前を呼んだ。
彼女からの返答は「今は私、誰とも付き合えない。受験勉強に集中したいから。」
というそっけないものだった、けれど僕は脳内で小躍りをした。とりあえず、僕の奇怪な行動を否定も肯定もしなかった、その優しさに救われたのだ。
もしかしたら彼女は呆れていただけなのかもしれない。
それでも僕は去り際に彼女に言われた一言が忘れられない。
「波に流しても、意外と見つけて欲しい小瓶は波打ち際に戻ってくるもんだってじいちゃんが言ってた。見つけちゃってごめんね。驚いたけど、少し嬉しかったよ。」
彼女の笑顔が好きだな…って改めて思った。
見事に振られたのだけれど、それでも僕は彼女に恋をした自分が誇らしかった。
そう思ったらまたむずむずしてきて、手紙が書きたくなった。
週末は海に行こう…そして今度は彼女のおじいちゃんに見つからないように、もっと遠くの海へ宛名のないラブレターを流そうと僕は心に決めた。
8/2/2025, 11:48:22 AM