紅子

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『秋風』


「好きな人が出来た。別れて欲しい。」

久しぶりに会った彼氏の清貴から、そう告げられたのはディナー最後のメニューのデザートを食べている時だった。


ああ、そういう事か…。


私は驚きも動揺もなく、「好きな人が出来た。別れて欲しい。」という言葉を頭に取り込む。


清貴とは私が27の時から付き合い出したから、もう5年になる。

長過ぎる春は良くないと言うけれど、私には長過ぎる春も訪れる事はないらしい。


最近は連絡の頻度も会う回数も減って、会っても昔のように笑いあえることが少なくなっていた。


だから潮時なのかもしれないとは思っていたが、好きな人が出来てたとは…。


「分かった。」

私はそう短く答え、

「今までありがとうね。」と清貴に微笑んでお礼を言った。


清貴と店の外で別れた後、1人最寄り駅に向かって歩く。


この夏は猛暑で、本当に冬は来るのかと思ったりもしたが、さすがに10月の夜ともなれば吹く風も涼しい。


秋だな…。


夏の暑かった事を思うと、この秋の少し涼しい風はとても気持ちがいい。

秋風って、こんなに心地良いのに『秋風が立つ』って男女関係で使うと愛情が冷めたって事になるんだよなぁ…『秋』と『飽き』をかけてるのだろうけど、秋風に失礼よねぇ。


そんな事を考えながら空を見上げる。



『分かった』だなんて、最後まで私は聞き分けの良い女を演じてしまった。


大人な女性が好きと初対面の時聞いてから、彼の前ではついそうあらねばと、普段の私を上手く見せることが出来なかった。


5年という年数もあるのだろうけど、私が素の私を出すことが出来なかったのも『飽き』る原因だったのかもしれない。


もし、次、誰かと付き合うことがあるなら、私が私のままでいられる人にしよう。



そして『秋風に失礼!』なんて、どうでもいい話をしよう。


今はまだ次なんて考えられないけど…。



いつか心地良い秋風の中を笑い合って誰かと歩けたら嬉しい。

11/15/2023, 2:31:40 AM