木蘭

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【風に乗って】

便利になったというか、何というか…

ついさっき手元に届いた「同窓会のお知らせ」を目の前にして、複雑な思いを抱いた。

少し前まで、こういう郵便物や通販の商品などは配達員が玄関先のポストに入れるか、時には玄関先までやってきて「すんません、ハンコくださ〜い」なんてやりとりがあったりしたものだ。

それが、長年の配達員不足と多大な時間のロスを解消する画期的な配達方式として、あらゆるものが「風に乗って」届けられる時代になった。

配達予定があるときは、事前に「受け取りをご希望の日時と場所をお知らせください」というLINE通知が届く。申込フォームに必要事項を入力すれば、いつでもどこでも風に乗ってやってきたものを受け取ることができるのだ。

どんなに重い荷物でも、希望すればどこへでも運んでくれる。最近買ったベッドも、自宅2階の窓を全開にした寝室まで風が運んでくれた。もっとも、その日は花粉と黄砂が多く飛散していた日で、夜は新品のベッドの上でくしゃみと鼻水がいつまでも止まらなかった。
 
ただ、人と人との交わりがなくなってしまったのがどうにも寂しかった。コロナ禍で「置き配」が主流になった頃でも、まだ配達員とのやり取りはあった。近くに知り合いのいない1人暮らしには、このわずかなやりとりさえ貴重なコミニュケーションの場だったのだ。

そういや、今週はまだ誰とも会話してないな…
ふと、そんな悲しい事実に気づいてしまった
ちょうどそのとき


きゃぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜‼️‼️‼️‼️‼️


突然、庭先から甲高い叫び声が聞こえた。慌てて駆け出すと、長い髪に小さい木の葉が絡み、手足の所々に擦り傷のある女性がいた。先ほどの声の主は彼女で間違いないだろう。それにしても、この人どこからここに入ってきたんだろう?

「あいたたたた…あ、お久しぶりです。やっぱりここで合ってたんだ」

お久しぶり? どこかで会ったことあったっけ?

遠い記憶をたぐりよせながら、彼女の顔をまじまじと見た。ダメだ、まったくもって思い出せない。  

「あの、大変失礼ですがどちら様で…」

「アヤセです、セイヤくん」

その言葉で、ぼんやりした記憶の風景が急に鮮明になった。そうか、アヤセか。あの泣き虫で病弱で、でも学校行事になると誰よりも張り切って準備して、いざ本番になるときまって高熱出して参加できなった、あの「残念さんなアヤセ」か。



「アヤセかぁ、久しぶり。突然でびっくりしたよ」

「ごめんなさい、まだコントロールが上手くいかなくて」

「え? ここまでどうやってきたの?」

「風ですよ、風に乗ってやって来たんです」


驚いた。あらゆるものを風が運ぶとは聞いていたけれど、人間そのものも風に乗ってくる時代になったのか。しかし、今週はじめて会話を交わしたのが、風が運んできたかつての同級生とは。


「セイヤくん、同窓会の通知って届きましたか?」

「あぁ、ついさっき。それこそ風に乗ってきたよ」

「そうですかぁ〜、よかったぁ〜。その通知、私が作ったんですけど発送は他の方にお願いしていたので。無事、お手元に届いてよかったです!」

そう言って、彼女は本当に嬉しそうに笑った。

「あの、その…来てくれますか? 同窓会」

「う、ん…正直、どうしようかと思って。ほら、あまりいい思い出がないの、アヤセも知ってるだろ?」

あの頃は、人づきあいが下手くそでいつも1人でいた。たまに同級生とつるんでも、そのノリについていけなくて、気づけば距離ができているような、そんな学校生活だった。

「知っています。だから、無理に誘うのは予想と思ったんだけど、今回だけはどうしても来てほしくて。次からはいいんです、来なくても。でも、今回だけは…ダメ、ですか?」

いや、そんな上目遣いで涙目のお願いズルいだろ。

そんなことされたら断れないどころか、何故今回だけに固執して誘うのか、めちゃくちゃ気になるけど聞けないじゃないか。

「わかった。わかりました。行くよ。行きます。残念なアヤセが作った通知を無駄にしたくないもんな」

「残念て、まだその呼び名覚えてたんですか。でも、嬉しい!絶対来てくださいね。私も必ずそこにいますから」

再び嬉しそうに笑ったアヤセは、同窓会で会おうね〜と両手をブンブン振りながら帰っていった。気がつけば、彼女が負った手足の擦り傷は見えなくなっていた。見間違えたのだろうか?



同窓会当日、若干気は進まなかったがアヤセとの約束を果たすために会場へ向かった。想像以上に多くの同級生たちが集まっていて驚いた。うちの学年、ほぼ全員集まってんじゃないか?出席率よすぎるな…などと思ったら、不意に幹事から声をかけられた。


「セイヤ? 久しぶりじゃん。お前が来るって珍しいよな。今までどんなに通知を出しても連絡なかったし」

「あぁ、ごめん。基本、こういうとこ苦手で。ただ、今回だけは来てってアヤセに押し切られてさ」

「アヤセ⁈ 会ったのか? いつ⁈」

「この同窓会の通知が届いた日だったから…」

あれは何日くらい前だったかな。思い返していると、幹事の顔色が変わった。

「おい、それってホントにアヤセか?」

「たぶん。卒業以来会ってなかったけど面影あったし、本人だと思うけど」

「…アヤセ、この通知の原稿を作って俺に直接渡した帰り道、車にはねられて…病院で息をひきとったんだよ。この同窓会は、彼女の追悼も兼ねてみんなに集まってほしいって呼びかけてたんだ」

そうだったのか。あのとき、風が運んできたのはアヤセの魂だったんだ。おそらく、魂になってから日が浅くて上手くコントロールできず着陸に失敗したんだろう。やっぱり残念さんなアヤセだ。

「アヤセ、必ずここにいるって言ってたから、たぶん会場のどこかにいるはずだよ」

幹事にそう言って、一旦会場の外へ出た。

いるんだろ、アヤセ。いたら、返事してくれ。

突然、強い風が吹いて舞い上がった木の葉が頬に当たった。



やるじゃん、アヤセ。

4/30/2023, 7:05:28 AM