猫宮さと

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《さよならを言う前に》

ここのところ、帝国の議会が荒れているそう。
前皇帝の派閥の一人が、彼の汚職を捏造しようと躍起になっているらしい。
彼の正義感は諸国を征服しようとしていた前皇帝の主義に合わず、彼は疎まれ左遷された事がある。
その時から嫌がらせレベルの妨害は続いてはいたけれど、今回は互いに徹底抗戦で行く構えのようで、連日彼は議会での対応に苦慮していた。

ずっとあちこちを駆け回って資料の作成や対応に追われている彼は、徐々に窶れてきているようで。
表には出さないようにしてるみたいだけど、口数も減って来ていて表情にも張りがない。

しかもここ最近は、私の事も責められているとか。
私が表れて職務が疎かになっているんじゃないか、って。

通りすがりの人に当てこすりのように言われたこともある。
私は関係ない、と彼は突っぱねてくれてるけれど、もうそろそろ限界かな。

微かにだけど苦しみを浮かべてる彼の笑顔を見ているのが、辛い。
闇の者として彼の監視を受けている私はもしかしたら、別の誰かに手渡されるかもしれない。

それならば、かつての相棒の所に行こう。
私はそう決めて相棒の許可を取り、今日はこっそり本部を抜け出してきた。

監視と言いつつ私を丁寧に扱ってくれて、ありがとう。
少しずつ私を信用してくれて、ありがとう。
今まで一緒に過ごしてくれて、本当にありがとう。

弱い私で、ごめんなさい。
これ以上、あなたの足枷になりたくないから。
あなたに迷惑を掛けたくないから。

…違う。私は、卑怯だ。

あなたからのさよならを聞くのが怖いから。
さっきまでの気持ちも、本当。
でも、あなたからその一言だけはもう聞きたくないから。

だから、ごめんなさい。
どうか、元気で。幸せでいてね。

影がもうすぐで長くなろうかという時刻。
彼との思い出がたくさん詰まった屋敷を出る。
どんな出来事も、大事な宝物。それを思い、涙が零れそうになる。
私は玄関に立ち、誰もいない屋内に身体を向けて口を開く。

さよなら。

しかし、全てを言葉にすることは叶わなかった。
最後の一文字が音になる寸前、私の身体は背後から強く抱きすくめられ、口を塞がれたから。

「それは…言わせませんよ…。」

荒く乱れた息。全力で走ったであろう、汗のにおい。
私を抱く腕は強いのに、口を塞ぐ手は言葉を紡ぐことは許さないけれど、ひたすらに優しい。

なぜ…どうして…あなたがここにいるの?
午後の議会の時間を狙って抜け出してきたはずなのに。
我慢していた涙が、堰を切って溢れ出す。
口元に置かれた彼の手に自分の掌を乗せると、彼はそっと私の口を解放してくれた。

「ど…して…?」

彼は、切らした息を整えながら答えてくれた。

「貴女の相棒に、通信機で忠告を受けました。」

『あいつから目を離してるんじゃないぞ。
 何しでかすか分からないからな。』

私は、顔を彼に向け目を見開いた。
その連絡を受けたにしても、あまりにも早過ぎる。
議会は? あなたの汚職の疑いは晴れたの?

すると、彼はふっと笑って話し出した。

「議会の方は片が付きましたよ。疑惑の捏造というよりその罪を擦り付けようとしてきていたので、ありとあらゆる証拠をかき集めて徹底的に潰して来ました。」

う。爽やかな笑顔だけど、圧が強い。
これは、さぞや念入りに潰してきたんだろうな。

「貴女を引き合いに出してまで、僕の仕事ぶりを舐めていただきましたからね。どこからも隙の無い証拠を提示する事で、そちらの懸念も払拭しておきました。」

私は、その迫力に涙も引っ込んだ。
この人は、曲がったやり方が大嫌いな人だから。
解決したようで何よりだけど、これは余程腹に据えかねてたんだろうな…。

「よ、よかったです。…にしても、まだ話し合いの時間じゃないんですか?」

私は、少し吃りながら質問した。
その途端、お腹に回った彼の手に力が入った。

「そもそも議題とは関係のない話ばかりでしたからね。後は代理に任せて大急ぎで走ってきましたよ。
 何せ、貴女は目を離すと何をしでかすか分からない。」

あ、え?
笑顔…なんだけど、何やら空気が不穏に。

「そういうわけなので、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。
 貴女が心配する事は何ひとつ無くなりましたので、どうぞ安心してください。」

いや心配は確かにしたけど、それは良くてですね。
あれ、これ抵抗不可とかそんな感じ?

そして、私はそのまま片腕で身体を持ち上げられると屋敷の中に連れて行かれ、懇願か説教かよく分からない話をされました。

そんなわけで。

彼を思って繰り広げた私の逃亡劇は、彼にさよならを言う前に終わりを告げました。

8/20/2024, 11:01:56 PM