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赤い糸がきれた。

針をつけた短い赤い糸がクロスステッチ用の布から垂れ下がっている。

なにもハートを作っている最中になくならなくてもいいじゃないか。

クロスステッチ用の布には、赤い屋根の家の前で少年が少女に花束を渡しているところが刺繍されている。
今日は仕上げのハート部分を刺繍しているところだった。

赤い糸で刺繍するはずだったハートは、お椀みたいな形で止まっている。

針山に針を置き、
裁縫箱から替えの刺繍糸を探す。
今必要としていないボビンだとか糸通しだとかが邪魔をしてくる。
面倒になって裁縫箱を引っくり返し、中身を床にぶちまけるが肝心の赤い糸は見つからなかった。

今日で完成すると思ったのに。

ここ最近、仕事から帰ってきてから寝るまでの僅かな時間を使ってクロスステッチに励んでいた。
チマチマと縫い進めて完成間近となったのに。

まさか、糸が無くなるとは…。

昔買った刺繍糸があるからと買わなかったことを今更ながら後悔する。
ケチらなければ良かった。

久しぶりにするクロスステッチは楽しい反面、難しく、糸が絡まったの数しれず、やり直しのオンパレードだった。
その結果、予想以上に糸を使うことになり、このザマである。

床に散らばる裁縫道具達が口々に
「買えばよかったのにねぇ」と言っている。

わかってますよ。詰めが甘いのは昔からです。

ブツブツ文句を言いながら
ぶち撒けてしまった道具を一つずつ拾い、
裁縫箱へ戻す。
今日はお店もやっていないから、また明日だ。
やれやれ。

赤い糸のことを大抵の人は「運命の赤い糸」と捉えるが、赤い糸をきらす自分には縁遠い話だ。

6/30/2023, 12:00:49 PM