sairo

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緋色に出会ったのは、蝉時雨の降る暑い日の事だった。

「まぁた、変なのが入り込んできたわねぇ」

最初に感じたのは、とても綺麗な人だという事。
鮮やかな緋色の着物を着て、気怠げに煙管をふかす。まるで物語の中から現れたような、とても綺麗な人。
言葉も出ず惚ける私を見て、何が可笑しいのかくすくすと笑う。

「なぁに?変な顔をして。可笑しな坊や」

不意に笑みが消える。
強い光を湛えた鈍色の瞳が、見定めるかのようにこちらを射抜き、そして先程よりも愉しげに弧を描いた。

「だいぶ擦り切れた格好をしているから童男《おぐな》かと思えば。まさか童女《わらわめ》とはねぇ」

擦り切れた格好。
その言葉に自分の今の姿を見下ろしてみる。
よれてだぼついた半袖。擦り切れ穴の空いた短パン。日に焼けた手や足の擦り傷、切り傷。
目の前の綺麗な人を前にして、急に羞恥心が込み上げてくる。

「ぁ…えと、その…ごめんなさい」
「なによ急に。謝ったりなんかして。あなた、悪いコトでもしたのかしら?」
「その…あの、か、勝手に、入って、きた、から…あと、あの、兄さんの、お下がり…き、着て、た、から」

詰まりながら吐き出した謝罪に、どうしようもなく泣きたくなった。兄のお下がりを嫌がる気持ちはないはずなのに、どうしたらいいのか分からない。
見知らぬ場所に迷い込んだ不安と、羞恥心と、劣等感と。
溢れてくる感情に動けず俯く私を見て呆れたのか、綺麗な人は一つ溜息を吐いたようだった。

「まったくもぅ。一旦落ち着きなさいな。それ以上考えた所で、無意味に時間が過ぎるだけよ」
「ごめんなさい」
「それもやめなさい。意図の不明な謝罪ほど無価値なものはないわ…ほら、おいで」

囁く言葉に顔を上げれば、ゆるゆると招く手が視界に入る。
それに誘われるようにその人へと近づけば、抱き上げられ膝の上に乗せられた。

「えっ、あ…」
「本当に馬鹿な仔…まぁ、いいわ。ちょうど退屈していたのよ。勝手に入り込んだ代償に付き合ってもらうわ」

くすり、と微笑んで目を合わせられる。間近で見る鈍色がきらきらと煌めいて、息を呑んだ。

「あなたのようなじゃじゃ馬娘にぴったりな物語をあげましょう。あなたの時間を代償に」


これが、私と緋色の妖の奇妙な関係の始まりだった。



「なにを惚けているのかしらねぇ、このじゃじゃ馬娘は」

頬をつねられ、我に帰る。

「まったく、過去を想うのは夢の中くらいにしておきなさい。時間の無駄だから」

相変わらず緋色は今日も気怠げだ。それでいてこちらを見透かす言葉は何処までも鋭いのだから恐ろしい。
ふと、自分の姿を見下ろして見る。あの時と同じ、半袖と短パン。違うのは、擦り切れた兄のお下がりではない、淡い色合いのリボンがあしらわれた女の子の服である事。

「ねえ、今の私なら、初めて会った時に女の子だって分かってもらえるかな」
「また意味のない事を…まぁ、その格好ならばまず間違えないと思うわよ。格好もそうだけど、肉付きも良くなってきたしねぇ」

愉しげに笑い、頬をまたつねられる。
その手を振り解きながら、そういえばあの頃は随分と痩せていたものだとぼんやりと思った。

「そろそろ、いつものお話を聞かせてよ」
「あなたねぇ…」

呆れたように息を吐かれる。それに対してにこりと笑って見せれば、それ以上何も言われる事はなかった。

「しょうがない。さぁ、今日は何の話が聞きたいのかしら?」

いつもの言葉。
退屈凌ぎに紡がれる物語。

今日もまた遠い世界を夢見て、物語の続きを願った。



20240529 『半袖』

5/29/2024, 2:55:04 PM