「夏夜の残骸」 余白
君の目を見つめた先で思う
多分、会うのはこれが最期だろう
「夏は嫌いだけれど、夏の夜が好きだ」と言ったことがあった。
けれども今、嫌いになってしまうと感じていた。
上がったり、ギュッとつぐまれたりする君の口の端を見ていた。だから退屈はしなかった。
沈黙があったような気もするが、虫たちの声のおかげで気にならなかった。
会うのは、今日が最期だろう。
「ありがとう」
君はいつもの「ごめんね」ではなくありがとうと僕に言い、僕の前から消えてしまった。
好きな季節なんてとくにないけれど、嫌いな季節ならある、夏だ。僕はとにかく暑いのが嫌いで、紫外線にも弱い。汗をかくのも嫌いだ。とにもかくにも、僕は心底夏が嫌いであった。
一方の君は、よく夏が好きだと話していた。へんてこりんな生き物だ、隣で僕は思っていた。
「夏になったら死ぬほどアイスを食べてやる」
という僕の宣言を覚えていたのか、君の家の冷凍庫にはアイスの箱が二つ以上常に用意されていた。
コンビニやスーパーで待ち合わせるたび、「これは買わなくていいの?買っちゃう?三個買っちゃう?」と、アイスをくるくる回しながらはしゃぐ君。僕と付き合う以前は、アイスコーナーなんてまるで見たこともなかったという事実が信じがたい。店に入るなり君が真っ先に向かう場所は、決まってアイスコーナーだった。
「次の夏が来たら二人で夜の散歩をしながらアイスを食べよう」
そう言ったいつかの夏の夜を、僕たちが過ごすことはないのだろう。
君の苦しみの元にはなにがあって、君の不安のもとには何があったのか。僕はそれを、ゆっくりと聞いてあげることができなかった。自分が可愛くて仕方ないのだろう、所詮僕は、自分中心の薄情ものであった。
僕の苦しみの先の先には何が見えていて、悲しみの根元には一体何があったのか。君はそれに、届くことができなかったのだろう。君の興味の先は、結局は君自身でしかなかったのかもしれない。
すれ違う二人の毎日はぬるくあたたかく幸せで、ふわふわとした終わりのない愛情に溢れていた。君が僕を見る、あの目が本当に好きだった。愛おしそうなものを見る時の目。僕はあの眼差しを見たことがある。それは母と、それから初めて恋をした人からしか向けられたことのない、純白の愛情に満ちた目であった。
僕らは未熟で不完全であった。
愛情があるだけでは共にはいられないという事実にもがき苦しみ、それでも最後は離れなければならなくなった。君がこの先の人生をどのように過ごすのか、僕には知る術も権利も、何もかもがないらしい。
何度も季節は巡り
何度も夏の夜がやってくる
僕はその度に、あの道とあの会話とあの温度を思い出すのだろう
君の人生が幸福でありますように
ぬるく、夏の夜の香りのする夜に思う
僕らの過ごした日々が過去になっていく
記憶になるくらいなら、現在進行形で苦しんだ方がましだという想いと、やっと解放されたという平穏との狭間で僕はひそかに息をし続けている
君に会うことはあるのだろうか
この先の人生、二度と君には会えないのだろうか
君の目は今何を捉えてるのだろうか
一人、夏の夜にアイスを頬張りながら、ゆっくりと歩く
夏の夜はふけずに、まだここに眠っている
4/6/2026, 2:30:52 PM