終末楽園探訪

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 青く淡い光の残滓を灯らせている西の地平線が、既に闇に染まった夜の大地にゆっくり溶けてゆく。涼しくも心地よい風がゆったりと吹く廃倉庫郡の合間にオレンジの光とゆらめく影が踊る。そのそばに座り込んで、エンリは錆びついた缶を必死に開けようとしていた。

焚き火に照らされた指先が真っ白になる程力を込めるものの、その蓋は全く動く気配はなかった。込めた力が限界を迎え、エンリはため息に似た深呼吸をした。後方を見やり助けを求める。

「レマ……これ開かないんだけど…」

バックパックの整備をしていたレマールが腕を止めた。道具を置いて立ち上がる彼に、邪魔しちゃったかな、という罪悪感が一瞬浮かぶ。

「貸してみろ」

彼の大きな手に缶を渡すと、何故かひどく小さいもののように見えた。自分が持っていた時にはあんなに固くてどうしようもない存在だったのに、レマールの手に渡るととても弱そうに映る。
彼が両手を添えると、力を入れる素振りも無かったのに、缶はぎしと軽く擦れる音を立ててすんなり開いた。

何も言わずに手渡されたそれを受け取った瞬間、甘い香りが胸に入り込んできた。わ、と声が漏れる。

「レマ、これお菓子だよ!」

「良かったな」

思わず立ち上がったエンリを、微笑ともなんともつかない表情で一瞥し、レマールは元の作業に戻っていった。

香ばしく魅惑的な、いつか口にしたような気もする、この匂いはなんというお菓子だっけ。
缶の裏を叩くと、案外簡単にお菓子は取り出せた。完全に固まっていてお世辞にも食べやすいとは言い難いが、見た目には怪しいところはない。大収穫だ。

指に力をかけるとこれまた案外すぐに割れた。きれいな半分こ。レマールもお腹が減っているに違いない。なんせ今日は一日中歩いたというのに、合成機は壊れてしまうし食料プラントも見つからないしで、朝から何も口にできていないのだから。廃倉庫でこれが見つかって良かった。
きっととても美味しく感じるに違いない。


「いらん」

差し出すや否や。レマールの反応は早かった。
エンリは食い下がったが、レマールは受け取ろうとしなかった。

「今日手に入ったのはこの一つだけだろう。明日が今日よりマシになる保証はない」

「それは……そうだけど…」

なおも納得できないというふうなエンリにレマールは向き直した。

「俺に食事は必要無い。何も食わなくても1か月くらいは平気だと何度か言ったはずだ。……だがお前はそうじゃないだろう」

「そ、そうだけど、そうじゃなくて!」


この人は本当に。
なんでも正しいけど、全部間違ってる。

「一緒に、食べたいの」

だどんなに美味しいお菓子でも、1人で食べたら全然楽しくない。でも、これも私のわがままだ。また迷惑かけてないかな…。

「………そうか」

レマールの返事は、心なしか少し遅かったような気がした

「……それでも、お前が全て食べるんだ。すまないが、知っての通りもう医療キットが底をついてる。次倒れた時には助けられるか分からない」

炎でがちらちら反射するレマールの瞳は、私をみているようでもあり、どこか遠くを見ているようでもあった。真剣な目だった。
また、困らせたんだ、私…

「……じゃあ、隣で食べても良い?」
「ああ」

半分不貞腐れて、割った片方のお菓子を口に入れる。
噛むごとに、素朴ながらも深い味わいが広がっていく。劣化もあまり進行していない。おいしい。
でもやっぱり、レマにも食べて欲しかったな、と懲りずに思う。

「うまいか」

作業を止めないままにレマールが問いかける。うん、と口に含みながら答えると、そうか、と曖昧な返答。

「後で欲しかったって言ってもだめだからね!」

うっすらと頬に笑み。私は見逃さなかった。

風が一際強く吹き、炎が燃え上がる。各々の影を無機質な壁に投げかけ、そして二度と同じ形には戻らずにゆらめき続ける。
冬の、ある夜だった。





-「一つだけ」

4/3/2026, 5:05:07 PM