✳秋🍁
新月の暗闇の中、ヴァンパイアであるノヴェは困っていた。
足元にまとわりつく子犬、そして何故か小さな人間の少女がマントの端をずっと掴んで離さないからだ。
よく見ると少女はボロボロの衣服に異臭を放ち、ガリガリに痩せていた。
そして、子犬も同様ガリガリだ。
おおかた親に捨てられたのだろう、子犬は子供が寂しくないようにと一緒に。
ヴァンパイアは人間と対する存在であるが、流石に子供や子犬までは手を出さない。
というか、出してもメリットが無いので見つけた時はそのまま去ろうとしたのだが、1人と一匹はノヴェを見て嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。
そして現在の状況である。
「⋯⋯離せ」
マントを引っ張ると、少女が転けそうになり仕方なく抱きとめる。
少女は悲鳴をあげるどころか、ニコニコとしていた。
「ちっ⋯⋯お前、俺がヴァンパイアだって事分からないのか?」
鋭い牙を見せるが、少女は怯えるどころか首を横に振った。
「はぁ⋯⋯にしても、お前話せないのか?」
少女がこくりと頷くと同時に、ぐぅ~っという音まで聞こえてしまう。
この様子だと何日も食べてないのだろう、足元の子犬も元気がなかった。
今だに握りしめているマントの端は、離すまいと強く握られていて、よく見ると手が少し震えていた。
まあ、無理もない。
人間の、それもか弱い子供だ。
親に捨てられた恐怖や、暗闇にいつ襲われるか分からない状況。
今まで生きてこれたのが不思議なくらいだ。
いっそこのまま生涯を終わらせて、楽にしてあげれば良いかとも頭をよぎるが、子供に手を出すのは少々気が触る。
ノヴェは逡巡したのち、少女を無言で抱き上げると、足元の子犬の首根っこを掴む。
目を見開く少女に子犬を渡して、離すなよと言うと足早に自分の屋敷へと掛けた。
屋敷に着くと、さっそく執事のセバスが出迎えた。
隣にはメイドのリズが、一瞬片眉をあげる。
「ノヴェ様、お帰りをお待ちしておりました。さて、貴方様は人間の幼女と子犬を誘拐したのでございますか?」
表情一つ変えずに訊ねるセバスに、即切り替えした。
「するか!いきなり寄って来たと思ったら、マントを掴んで離さなかったんだよ!」
少女を下ろすと、マントを握ったまま自分の後ろにサッと隠れた。
ほれ見ろ、と目線で訴える。
「ほう。ノヴェ様にしては事実のようですね」
なんか含みのある言い方だ。
セバスはほっといて、リズに声をかけた。
「リズ、こいつらが食べれるもん出してやってくれ」
「嫌です」
即答で言われ、流石にイラッとする。
「おい、お前ここの主が俺だってこと分かってるよな?」
少しドスの効いた声で言うと、リズは泣き崩れてしまい、出てもない涙を手で拭い始めた。
「ノヴェ様が浮気を、この私という者がありながらっ!」
「⋯⋯お前はいつから俺の女になったんだよ。いいからさっさと用意しろっ!あと、風呂の用意もな」
するとリズの顔が赤く染まる。
うん、もうコイツ面倒くさい。
ノヴェは嘆息すると、後ろの少女を再び抱き上げ自室へと運び、ベッドの上におろした。
不安に見上げる少女、腕の中の子犬はいつの間にか寝ていた。
「とりあえず、いい加減マントを離せ。あと、お前も横になって休んでろ」
そう言うが、少女は首を横に振りマントを離さない。
まあ、そのままでも脱げるため、マントを脱ぐと少女がマントと俺を交互に見て手を離し、子犬をそっとベッドに寝かせたかと思うと、今度は服の袖を握りしめられた。
うん、もう何も言うまい。
少女の隣に座り、そのまま寝転がる。
少々寝にくいが、これでも俺は疲れてる。
ふわーっと欠伸をしていると、不意に少女が突然胸に飛び込んできた。
一瞬、引き剥がそうとしたが、少女の肩が少し揺れている事に気づき諦めた。
無理もないか、今まで色々なものを溜め込んでいたのだろう。
ノヴェは仕方なく、ぶっきらぼうに少女の頭を撫でた。
暫く無言で撫でていると、部屋のドアからノックと共にリズが入ってきた。
「お食事を⋯⋯⋯⋯⋯⋯お持ちしました」
リズの突き刺さるような視線、瞳孔を開きこちらを睨むがこれは不可抗力だ。
ガチャンと少し乱暴に置かれた食器の音で子犬が起きだす。
自分も体を起こし、少女に食べろと促すと、膝に座ったままスプーンを持つと食べ始める。
おい、降りないのかよと内心思うが、もう勝手にしろと諦めた。
ふわりと広がるミルクの匂いに、焼いた芳ばしい香り、魚のリゾットか?
「これは?」
「秋鮭のミルクリゾットでございます」
リズはそう言うと、子犬の前に大量のお肉を置いた。
子犬はがっつき嬉しそうに食べ始める。
食事を出し終えるとリズは、じっとこちらを見て口を開いた。
「お風呂の準備が出来ましたら、お声掛け致しますね」
何故かモジモジとし始める姿に鳥肌が立つ。
さっきから冗談なのは分かっているが、何がしたいんだお前は。
「⋯⋯ああ、入るのは俺じゃないからな」
一応言っておく。
すると、リズは頬を染めこうのたまった。
「もう、ノヴェ様ったら恥ずかしがり屋さんっ」
もう、どついて良いだろうか?
軽く殺意が湧く。
魚を切り分けるために側にあったナイフに無言で手を伸ばそうとすると、少女にギュッと抱きしめられた。
「ノヴェ様って、罪な男ね」
リズはニヤニヤ顔で言ってきた。
よし、殺ろう。
そう決意をして、少女を下ろそうとするが離れない。
「おりろ、俺はこいつを抹殺しなきゃいけない」
少女が首をいやいやと横に振る。
リズはずっとニヤニヤとこちらを見ていて気に食わない。
俺はチッと小さく舌打ちすると、腹いせにリズに見せつけるように少女を抱きしめこう言った。
「はっ、俺が抱くのはこいつだけだ」
すると部屋のドアが開き、ノックもなしにセバスが入ってきた。
「ノヴェ様、貴方様はいつ幼女に手を出そうと言うのです?このセバスがこの幼女を守ってみせます」
悪ノリにも程があるセバスの言葉に、おい!っとツッコむ。
そして、少女が顔を赤くしている事など気付かないノヴェに向かってリズは小さく呟いた。
「⋯⋯ほんと、ノヴェ様は罪な男ね」
9/27/2024, 9:41:29 AM