山本

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1つだけ

「1つだけ言いたいことがある。」別れ際に彼は言った。私は「何?」と返す。いつもと変わらない別れなのにそんなに改まってどうしたのだろう。私はいつも通りの顔をした。彼はそんな私の顔を見て悲しくなったのか「やっぱいい。」と言った。私は「なんで?何か言いたいことがあるならいいなよ。」と言うと、彼は何かを我慢した様な顔で「ごめん。」と返してきた。彼は口を開くたびに悲しそうな、つらそうな顔をした。もう付き合って3年なのに今の彼の顔から感情を読み取ることはできない。読み取ることができないのではなく、彼が読み取らせない様にしているのだ。そんな事を思ったら何を言おうとしたかなんとなくわかった。もう彼には残された時間がないのだ。
付き合って最初に彼から言われた言葉を思い出す。
「1つだけ言わせて」
最初の方は彼の改まって言われた言葉に嬉しかったが、1つだけが続くたびに嫌になってきていた。
「1つだけ聴いてほしい」
「1つだけお願いがある」
「1つだけやりたいことがある」
全部彼が私に伝えたかった事だ。
今、彼が何を言おうとしているかわかっている。
彼の言葉が脳裏に響く。1つだけ…

全然1つじゃないじゃん。そう思い、視界が曇る。気がづいたら彼は私の目の前から消えていた。
1つだけ…1つだけ…

4/3/2024, 1:02:54 PM