【沈む夕日】
赤々と燃える丸い夕陽が、地平線のすぐ上に輝いている。茜色に染まった空が、息を呑むほどに美しい。
「じゃあね」
優しく手を振った君の頬も、夕焼けに照らされて色づいていた。明日の朝にはもう、君はこの町にはいない。夜行バスに一人乗って、生まれ育ったこの土地を君は巣立っていく。
僕も行くよと言えたなら、果たして未来は変わっていたのだろうか。だけど臆病な僕には、都会で叶えたい夢も、この土地を離れる覚悟も何もない。ゆりかごのように温かで変化のないこの場所で、ただゆったりと時を過ごしていくばかり。
視線を落とせば君の真っ黒な影が、地面に長く伸びていた。まるで僕の怯懦を嘲笑うかのように。
未練の一つも感じさせない潔い足取りで、君は僕に背を向ける。夕日の沈む真っ赤な空へと、真っ直ぐに去っていく。
だから僕も、踵を返した。見送りなんて、淡白な君はきっと望まない。僕たちの進む道はここで別れ、二度と交わることはない。それだけが事実だ。
紫に染まりつつある東の空に、真っ白い月がぽっかりと浮かんでいた。紙でも切って貼り付けたかのように、薄っぺらい月の影。
(君のことが、好きだったよ)
結局最後まで君へ伝えることのできなかった告白を、紛い物めいた空虚な月へとそっと語りかけた。
4/7/2023, 1:17:31 PM