「君の名前を呼んだ日」
年末ということもあって居酒屋はたくさんの人と大声で溢れていた。アルコールというのは普段我慢していたこともぶちまけて声量のリミッターも取っ払ってしまうらしい。
久しぶりにお酒飲むから程々しないとなあとぼんやり考えながら奥の座敷を目指す。
「あ、来た来た!」
障子を開けると正面に座っていた茶髪の女の子が手を挙げた。私も釣られて笑顔で会釈をする。
4畳くらいの部屋には5人がぎゅっと座っていた。記憶の中の顔とは少し違うが、誰が誰かは分かる。
高校の生徒会だったメンバーたちで同窓会を開こうと茶髪の女の子、美里ちゃんが声を掛けてくれたのだ。
副会長だった美里ちゃんは当時からこうやって生徒会メンバーの仲を深めてくれた。彼女がいなければこうして5年経った今でも集まろうなんて言い出すような人はいなかっただろう。
「変わってないねー。相変わらず文字が綺麗そうな顔してる」
黒縁メガネを変わらず掛けている元生徒会長、凪くんが言った。そういえば、彼に「文字が綺麗そうだから」という理由で生徒会にスカウトされたのだ。
「お前こそそのメガネずっと変わらんじゃんか!」
元気に会長にツッコミを入れるのはもう一人の副会長、章二くんだ。彼らは幼馴染で長年のライバルだ。生徒会長選挙でも彼らは同時に立候補して戦ったが凪くんの圧勝だった。
私はひとつぽっかり空いていた下手の手前の席に座った。隣は雑務だったここねちゃんだ。
陽気なメンバーの中でも彼女は私とよく波長が合っていた。アニメオタクでいつもよく分からないジョークを言っているけど、ちょっと面白い。
「何飲む?」
そうここねちゃんは面倒見も良かった。誰かがいない時、ここねちゃんが必ずフォローに入っていたから実質生徒会はここねちゃんがいれば問題なく機能していた。
そして正面は大地くんだ。短髪だったのに襟足が長くなっている。
同じ書記のメンバー。そして私の初恋だった人。
今はもうなんとも思っていないけど、大地くんのおかげであの頃は学校に行くのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「最近何してるの?」
凪くんがハイボールを渡してくれながら聞いた。
「私文学部に行って日本文学を専攻してるよ」
「うわーイメージ通り!」
大地くんと美里ちゃんが声を合わせる。
確かに小さい頃はよくこけしって呼ばれてたから、外見に合ってるのかもしれない。
「そういえばよく本読んでたもんね!」
凪くんが水滴が付いてしまったメガネを拭く。
「そうそう!図書室の本借りたらさー、図書カードに大体田中さんの名前が書いてんの!」
章二くんが机を軽く叩いて笑った。
「うわー懐かしー」
大地くんがぼそりとつぶやいた。
ハイボールを飲みながら私はチラリと彼の顔を見た。
大地くんは覚えてるだろうか。私が生徒会に入って一緒に仕事をしたときのこと。
あの日もそうやって図書室で日誌をまとめていた時だった。部活も終わる時間で図書室には誰もいなかった。すると図書室のドアがガラッと開いて大地くんが転がり込んできたのだ。
「ここにいたのか!仕事手伝うよ」
まだこめかみから汗が流れているのに、私を探して走ってくれたのだ。恋に落ちるにはそれだけで十分だったのに。
同じ机に座って私の手元に置いてあった本を取る。
「なんか難しそうな本読んでんねー」
パラパラとページを巡る音。ドキドキする心臓と緊張で強張る手足。大地くんの一挙手一投足に集中していた。
「りん?」
ふと大地くんと目が合う。
巻末の図書カードを開いているのを見て脳が状況を理解する。
「私の名前?」
「そう。りんって読むの?」
私の名前はまず一発では読めない。こけしと平凡な苗字に惑わされるらしく先生でもたまに間違えるのに。
「よく分かったね。凛杏って書いて、りんって読むの。よくりなって間違えられるのに。」
大地くんは目を見開いてこちらを見つめる。
「だってなんか、りなというよりりんっぽい顔してる」
それ以来ずっと生徒会メンバーからは名前で呼ばれるようになった。
大地くんはその日のこと覚えてるんだろうか。
ハイボールのグラス越しに目が合う。
気まずくて視線を落とすと彼の右手薬指にシンプルな指輪が光っていた。
久しぶりに飲んだアルコールは涼しい味がした。
5/27/2025, 9:32:22 AM