「先生、ウユニ塩湖って知ってますか?」
先生が我が家に到着するなり、私は今日1日温めていた質問をぶつけた。
「ええ、知ってますよ。ボリビアにある世界最大の塩原ですね。絶景スポットですが、残念ながら行ったことはありません」
「ふふーん♪」
「どうしました? やけに嬉しそうな顔をして」
私は後ろ手に隠し持っていた紙を自信満々に掲げた。
「おっ、賞状!」
「はい! 夏休みに描いた絵で、優秀賞をとりました!!」
先生は賞状に書いてある堅苦しい文言を一字一句読み上げ、いつも以上の笑顔で祝いの言葉をくれた。
「えへへ。これで一緒に見に行けますね、ウユニ塩湖」
「はい?」
「約束したじゃないですか、連れてってくれるって」
「ウユニ塩湖に??」
「はいっ♡」
次の土曜日、私と先生は地元の美術館に来ていた。
私はつい早歩きになってしまいそうな自分の足を必死におさえて、所狭しと展示された小学生の作品を鑑賞した。入賞しただけあって、みんな上手い。
先生も微笑ましく眺めている。その横顔にちょっぴり嫉妬してしまうのは、私が未熟だからだろうか。
気を紛らわせようと先生とは反対側に視線を向けた時、ちょうど目当てのものを発見した。
「先生!」
呼びかけに振り向いた先生は、手招きする私に近づいてきた。
「ありましたか?」
「はい、これです!」
指差したのは優秀作品エリアに並ぶ一際青い作品。私が描いたウユニ塩湖の絵だった。タイトルは『空模様』。
「ほぅ……美しい」
こういう時、先生はお世辞を言わない。
「この子は君ですね?」
私の容姿と、絵の中心に立っている長髪の少年を見れば、誰もがそう思うだろう。事実、間違いではない。
「はい。もうひとりは誰だかわかりますか?」
「もうひとり? この絵にはひとりしか」
言いかけて、先生は口をつぐんだ。この絵の仕掛けに気づいたらしい。おもむろに私の顔を見る。
私はニッコリ笑って頷いた。
「先生です。いつも私を影から支えてくださっています」
少年の足元、水面に反射している黒い影は、少年よりも髪が短く背は高い。
「最初の下描きはふたり並んでる絵だったんですけど、今の私たちにはこっちのほうが相応しいんじゃないかと思って」
それに、この絵を見る人たちに、ただの仲良し親子の絵だと思われたくないし。
そんな不純な心から生まれた絵だったが、先生は真剣な眼差しで私を見つめた。
「素晴らしい絵だ。煌時くん……ありがとう」
何に対するお礼なのか、未熟な私にはよくわからない。だから私は、先生の手を引いて出口へと向かった。
観光の後はおうちデートに限る。今日1日、先生を独占するんだ!
テーマ「空模様」
8/19/2024, 3:42:35 PM