記憶のランタン
自分なんていなければよかったと思う。そう思う時、小学生で不登校気味になった私に「自分の意見が言えないでうじうじしてるからそうなるんでしょ」と泣きながら怒鳴った母親を思い出す。小6の運動会で応援団長になった私にとても喜び、その後また不登校になった私に「せっかく元気になったのに」と泣き崩れた母親を思い出す。中学生の時、部活の先輩たちにミーティングで「1人一意見、出さないと帰さない」と言われたときの冷たい床を思い出す。高校生の時、「そういう表現は周りに悪いから」と文集に書いたマイナスで鋭い表現が涙を誘う表現になったことを思い出す。
そういう経験をする前、私は自分の性格が好きだった。暗い方だったし表情も乏しくて、静かに1人で過ごす自分を損な性格と思いつつも暗い中で日々の暖かさを感じ、誰かの書いた文章に涙する自分が好きだった。でもそれが他人に受け入れられない、良いとされないと、そう経験してから私は控えめながらも喋り、笑い、表情豊かになった。そんな私を親は、人は「大人しいけど社交的で優しい子」だと受け入れてくれた。もう、昔の好きだった自分には会わなくなった。
大学生になった私は実家を離れて一人暮らしをした。大学は楽しいけど、私は昔の自分にも悩まされた。1人で過ごす夜は特にそうで、昼間の明るい私から暗い私になる時は身体が自分ではなくなる感じがして、悲しくもないのに涙が勝手に出た。そんな日が続く中で夢を見た。夢の私は涙を流していた。そんな私を誰かが抱きしめて、ランタンに灯した火を揺らすような声で言うのだった。
「わかってあげられなくてごめんね」
あの声が誰かはわからない。ただそれは夢であっても私の心を揺さぶる言葉だった。わかってくれなくてもいいけど、ごめんなんて謝らないでほしい。記憶のランタンの火が揺れて消える前に、私はその言葉の主にそう言いたい。
11/18/2025, 12:23:39 PM