六華

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『風を感じて』

イクラが高価なものだと
大人になるまで知らなかった
ごはんの白がなくなるほど
イクラをかけてごはんを食べるのが
当たり前だったから

山田丸
父の船の名前だ
船といっても 漁師ではない
この辺の人は許可を取ってシャケ漁をしていた
秋になると 一晩帰ってこない
みんなシャケ漁に夢中だった

泳げないわたしは
海やプールが苦手だった
でも 川に行くのは好きだった
父が船に乗せてくれるからだ
足元は真っ暗 
昼間とは違う静けさ 
片足をついただけで大きく揺れる
コワイ… 船から落ちないように慎重に乗る
父が船外機のエンジンをかける
動き出した船は どんどん加速していく
あの頃のわたしが
どんなに早く自転車をこいでも
感じられない爽快感
父が川に夢中になる気持ちがよくわかった
川はいいぞ
船に乗っていると
何も考えなくていい
イヤなこと全部忘れられる

網を投げる
あとは何も考えずに船を走らせる
わたしはだまって船が進む方向を見る
船を降りると顔が少しヒリヒリした

あとになって
父もカナヅチだと知った
もう山田丸に乗ることはない
川はいい
今日もわたしは
堤防の上に立ち
川風の気持ちよさを感じている

8/9/2025, 1:27:07 PM