星空を見上げて思い浮かぶのは、いつも彼女の笑った顔。
彼女の優しい笑顔が懐かしい。
でもこの笑顔が見れるのは、もう無い。
◆
彼女は昔から体が弱かった。
小さい頃から入退院を繰り返し、ほとんど学校に来なかった。
だからほとんど接点は無かったんだけど、ある時僕が足の骨折で入院したとき彼女と出逢った。
遊び盛りの僕たちは、病院の娯楽室でよく遊んでいた。
みんなが学校で勉強をしている間、自分たちだけは遊んでいるという背徳感からか、僕たちはすぐ仲良くなり、自然と恋人同士になった。
僕はすぐに退院したけれど、それからも彼女のお見舞いに行った。
けれど彼女の病気は良くなることは無く、ずっと入院したままだった。
ある時病状が悪化し、彼女は生死の狭間を彷徨った。
その時は無事に回復したけど、僕は大泣きしてしまった。
彼女が死んでしまうかもしれなかったからだ。
僕がベットにすがりながら泣いているのを、彼女が優しく頭を撫でてくれたことをよく覚えている
彼女は言った。
『私が死んでもお星さまになって君を見守っているよ』と……
そして彼女は星になった。
どれが彼女かは分からないが、きっと僕を見守ってくれていることだろう……
僕と彼女の大切な思い出だ。
◆
「なに見てるの?」
夜空を眺めていると、隣に誰かが座る気配がする。
何度も聞いたことがある声。
聞きたかった声。
彼女だ。
僕は振り向かずに質問に答える。
「星を……見ていたんだ……」
「星を?
あなたに星を見る趣味があるなんて初めて知ったわ」
「別に趣味じゃないよ」
僕は努めて平静を装い、彼女に語り掛ける。
「この星空のどこかにいる君を探しているのさ」
「……
…………
……………………は?」
彼女の調子の外れた声が聞こえる。
見えないが、きっと理解できないものを見るような目で僕を見ている事だろう。
「君が言ったんだ。
死んだら星になって見守ってくれるって……
だったら君も、この星空のどこかで輝いているはずさ」
「待って待って。
勝手に殺さないでよ。
縁起でもない」
「そうかな?」
僕は視線を下ろし、彼女を笑顔で見据える。
だけど彼女は、なぜか目をそらした。
「あははは……
やっぱり怒ってる?」
彼女は目をそらしたまま、こちらの様子を伺う。
後ろめたいのか、彼女は肩まで伸ばした髪を指でいじっていた。
そんな彼女に対して、僕は出来る限り寛容な心で応える。
「君が『怖いから付いてきて』って言われて、付き添いで行った歯医者。
自分の番が近くなって、『歯医者にかかるくらいなら、死ぬ方がマシだ』と言って君は逃げ出したよね?
後に残された僕が、どれだけ謝ったと思う?」
「えっと、それは……」
「『死ぬ方がマシ』だって言うから、死んだものだと思っていたよ。
まさかまた会えると思わなかったけどね」
「ご、ごめんなさい」
「僕は怒ってないよ」
そう、もう僕は怒ってない。
なんなら彼女の慌てっぷりに笑いをこらえるのが必死なくらいだ。
「どうしたら許してくれる?」
「怒ってないってば……
でもそうだな。
君がそんなに気にするなら、自分の心に聞いてみればいいんじゃないかな」
「自分の心に……」
「空を見上げて心に浮かんだことが、きっと答えだよ」
僕がそう言うと、彼女は黙って空を見上げる。
「さあ、心に何が浮かんだ?」
僕が聞くと、彼女は心底嫌そうな声で呟いた。
「歯医者で口の中にドリルをツッコまれている様子が浮かびました」
7/17/2024, 1:36:59 PM