ミミッキュ

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"特別な夜"

──〜……♪
──ここはこれで決まりだな。
 夕食を済ませた後。居室の机の上に楽譜ノートを広げ、アレンジの続きに取り掛かっていた。
 だいぶ出来上がってきていて、あとはもうアウトロのみになっている。イントロと殆ど似た旋律になっているので、イントロの部分を流用して逐一調整しながら楽譜に起こしている。
 この調子なら、ついに今日完成する。そうなったら、明日から合間を見ながら練習だ。
──〜……♪
 調整の為に再びフルートを手に取り、音を奏でる。冬の澄んだ空気の中演奏するのは、やはり気持ちが良い。
「みゃ〜」
 フルートの音に合わせて、ハナが合いの手を入れる。いつもと変わらない声色だが、伸びやかな鳴き声を披露する。
──これで確定。
 フルートを置いて、続きのアレンジに入る。曲時間にして、残りあと数秒。つまり、本当にもうすぐでアレンジ作業が終わる。
 だいぶ長かった。息継ぎも運指も、なるべく負担が少ないようにと調整を重ねながら進めてきたアレンジ作業が、ようやく終わりを告げる。
 ハナを迎え入れた直後から一ヶ月間くらいはバタついていて、全く手を付けられなかった為に、思ったより時間がかかってしまった。
──〜……♪
──違うな。ここはもう少し……。
 フルートを置いて、消しゴムを手に取り、その箇所の符号を消してシャーペンで書き直す。
 長い時間がかかったからこそ、今までにない《何か》がふつふつと湧き上がるような心地になっている。
──〜……♪
 そして再びフルートを手に取って、アウトロのラストの音を奏でる。最後の一音を鳴らすと、ゆっくりと口から離して息を吸う。
「……」
 開かれた楽譜ノートを見据える。
「終わった……」
 唇の隙間から、小さく声を漏らす。静寂に包まれた室内の空気を揺らす。
──終わった。ようやく。本当に。
 嬉しさに唇の端が僅かに上がる。
──さ、シャワー浴びてこよ。
 あまり喜びは出さない。けれど確かな《達成感》が身体中を迸っている。
 ベッドの上に乗っているハナを毛布で包む。
「大人しくしてろよ」
「みゃあん」
 まだ生後三ヶ月程の小さな身体が、ふわふわの暖かな毛布に包まれている。まるで、おくるみに包まれた赤ん坊のよう。
 これは、ハナと距離を離れる時にいつもしている事だ。飼い主の匂いが付いた物で包むと落ち着く、とケージを撤去する少し前、獣医に聞いてからやっているが、思った以上に効果がある。包んですぐ目を閉じて気持ち良さそうに喉を鳴らす。
 ハナに優しく微笑んで、バスタオルと着替えを持って居室を出た。

1/21/2024, 11:46:53 AM