【風に乗って】
人気のない海辺の岩壁に腰掛け、ギターの弦を弾く。キラキラとした瞳でオレの演奏に聞き入ってくれた君の姿は、もう隣にない。仕事の都合で軽やかに、海外へと飛び立っていった。
売れないシンガーソングライターのオレと、大手商社でバリバリに働く君とじゃ、そもそもが釣り合っていなかったのかもしれない。いっそこのまま縁が切れてしまったほうが、君の人生には良いんじゃないか。そう思うとどうしても、自分から連絡を取ることもできなかった。
それでも、瞳を瞑ればいつだって、思い浮かぶのは君の微笑みだ。思いついたフレーズを気の赴くままに弾いているつもりなのに、その全てを君に聞いてほしいなんて心のどこかで願っている。
(好きだよ)
どうかこの音が風に乗って、海の彼方で生きる君のもとまで伝われば良い。
荒れる海を眺めながら、誰の耳にも届かぬ恋の歌を一人きり奏でた。
4/30/2023, 12:52:06 AM