【入道雲】
ジリジリと肌を焼いていく太陽は、ちょうど自分の真上で影を作らせまいと躍起になっている。
田舎の夏はいつもこうだ。
低い山に囲まれ、田んぼに囲まれ、ひたすらに広い空が見下ろし、木々からは蝉の大合唱。夜はカエルに選手交代して、微かに揺れる風鈴と一緒にデュエットしてる。こんな田舎に『デュエット』なんて言葉は合わないかもしれないが…。
「ようちゃん、スイカ切ったからね」
縁側で座りブラブラと足を揺らしていたら、ばあちゃんが顔を出した。振り返ったときには暖簾が揺れているだけで、食べるなら台所から自分で持ってこいということか。まだ午後に入ったばかりで、気温も高くなりつつある季節で食欲があまりないからスイカは助かる。「よっこらしょっ」と口から漏れる。
夏景色に背を向けて、台所の暖簾に腕を通す。
「ばあちゃん、塩あるー?」
「あるよ。こんな暑い日にはスイカに塩だ。スイカ食って、食欲でたら、おにぎり作ってやっから言っておくれ」
「ありがとうばあちゃん」
「あぁそろそろじいさんが休憩にしに来んね」
そう言うとおぼんの上に麦茶が入ったボトルとコップ、作っていたおにぎりを持って、玄関のほうへと歩いて行った。
置いていかれたおれは、大きな机の上にある三角のスイカを何個か別皿に移して、振りかけるタイプの塩を持つ。先程まで居た縁側に持っていく。
蝉の声が出迎えするように大きくなっていて、無意識に「ただいま」と声に出ていた。あぐらをかいて座り、1つめのスイカに軽く塩をタンタンとかけて、大きくかぶりついた。
じゅわっと溢れる水分と甘さ、それに乗っかる塩っぱさに、自然と頬が緩む。今年のスイカも美味い。
じいちゃんが育てる野菜や果物はいつも絶品だ。
今は確か、夏野菜を育てておりキュウリはおやつ感覚で出てくる。あ、キュウリには味噌マヨ派だ。
なんて思っているうちにスイカの一欠片は無くなった。
「じっちゃーーん!スイカうめぇよー!」
玄関にいるであろうじいちゃんに向かって叫ぶ。
「そうがー!そりゃあ良かったわあ!!」
返事がかえってきたことに嬉しくなって、もう1つのスイカに手を伸ばした。
田舎の祖父母宅にお世話になっている期間は毎日が最高だ。都会の空気は狭苦しくて、どうも息が止まってしまいそうになる。なにより、広い空はビル群に隠れていて遠くの存在に感じてしまうのだ。
「たいようやあ!」
「なあん」
「西の方に入道雲が見えとる。今日のうちに収穫できるもんはしたいけー!あとで手伝ってけれ」
「わかったー」
「ばあさんがおにぎり作ってくれるけ、よう食べたら畑さ来いやあ!」
「そうするわあ」
「はい、おにぎり。しゃけおにぎりにしたで」
ばあちゃんの小さな手で作られたと思えない、
大きなおにぎりはいつも心が惹かれる。
ラップをとって、かぶりつけば塩焼きされた鮭のフレークが出てきた。それはもう本当に美味しい。
「そんながっつかんでも、いつでも作ってやるさね。 喉に詰まらせても悪いからね、気をつけるんよ」
おにぎりを腹いっぱいに詰め込んだ後は、
じいちゃんと一緒に夏野菜をひたすらに採った。
とうもろこしが大量で、あとでご近所に配るらしい。
じいちゃんが持っていた麦茶を少し貰って、空を見上げれば、広い青のなかにもりもりと上に伸びていく入道雲がこちらを見ていた。
6/29/2024, 3:51:01 PM