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「H-024、起動。データプログラムを確認。ボックス内圧力、正常。端末制御装置を解除── 」

ぷつりと映像認識装置が稼働し、視界に室内の映像が投影される。
3024年12月19日。
本日の私に課せられたプログラムは7つだが、全て単純なものなのですぐに終わるだろう。
まずは昨日、アンティグア星系の汚染区画内で拾い上げたヒト、アルを安全圏の星へ降ろすのが先決である。

アルのいる保護専用区画へと向かう間に、昨日のアルとの出会いを記憶媒体から再生する。


【記憶媒体 再生 3024年12月18日】

医務室に向かい、医療端末 U-09に問う。

「ナイン、このヒトの情報を。」

医療端末により開示される情報は、生命誕生時に人体に埋め込まれたチップより全て自動認識されたものであり、確実性が非常に高い。
本人から口頭伝達で聞き出すより、合理的だ。

「おはよう、24。オッケー、もう調べてあるよ。生体識別名アル・ノーブルネージュ。彼は無性別で、識別年齢は19歳だね。出身星はハルト小惑星帯だそうだよ。」

「ありがとう。じゃあポット出庫を頼むよ。ここからは私が引き継ぐね。」

「了解。確かに、彼とのコミュニケーションは人型端末の24が適任だろうね。じゃ、よろしく。」

シューという音と共にポットが出庫し、蓋が開く。
数秒の後、アルが目を開けた。

「ここ、は?」

「おはよう。視覚認識、発語、いずれも問題ないみたいだね。ここは生命保護船ルーナ。君は昨日、アンティグア星系の汚染区画内で倒れていたからこちらで保護したんだ。」

アルはむくりと体を起こし、星雲のように鮮やかな色彩の双眼で私を捉えた。

「きみは…」

「私はH-24。ここの維持をしている。呼びにくい場合はセレネ、と呼んで。」

アルが立ち上がるのをサポートし、その後は保護専用区画へと案内した。
船内施設の説明や、食事の出し方などひとしきり説明して去ろうとしたところでアルが口を開いた。

「あの…セレネは…セレネはずっとここに?」

「この船に乗る前のことは記憶してないんだ。だから、申し訳ないけど正確な返答ができない。」

「…そうなんだ…ありがとう、答えてくれて…」

人型とはいえど、端末である私に対して感謝をするヒトに少し驚いた。

「構わないよ。それともう一つ。明日、安全圏に君を降ろすけど、君の希望する星はある?」

少し間を置いて、アルは答えた。

「…僕は、やっぱりアンティグアがいいんだけど、駄目だよね…」

「そうだね。安全確認が取れない以上、アンティグア星系に君を送り返すことはできない。」

「…それじゃ、ザグに降ろしてもらえたら助かるよ。」


【記憶媒体 停止】


保護区画に着き、アルの部屋の扉をノックする。扉はすぐに開いた。

「おはよう、アル。ザグの宇宙港に着いたよ。」

「セレネ、おはよう…荷物はないから、もう下船準備、できてるよ。」


アルを見送るため、船内のハッチへ2人で歩く。
重々しい足取りのアルが、意を決したかのように口を開いた。

「…ッ、セレネ…!あの!」

歩みを止め、アルを振り返り、続く言葉を待つ。

「きみも、君も一緒に来ない…?」

想定外の言葉に驚き、端末の私が言葉に詰まってしまった。

「…どうして?私は、この船の、この船の端末だから…保護本部へ指示を仰がないと」

「僕は!僕はずっと君を探してたんだ…君は端末じゃない…いや、今は端末だけど…でも君は確かに、ヒトだった!名前はセレネ…君がいなくなったあの日と変わらないよ…」


状況がうまく把握できない。
エラー、error表示がerrorrrrrrrr

美しい瞳に涙を溜めたアルを奥に捉え、緊急シャットダウンの表示を最後に映像認識装置が消えた。



【医療ポット内圧力:正常 】


「24。君の記憶媒体の核に深刻なダメージを確認したよ。今は聴覚装置のみ正常に作動してる。だから、即座に言語認識できるかは分からないけど、伝えるね。

君は、アルと同じハルト小惑星帯のヒトだった。

だが、ハルト小惑星帯は7年前に汚染区画になってしまったんだ。だから君を、ハルトの人類をこの船が保護した。しかし、大半のヒトは深刻な汚染でね。

身体は手遅れだったから、精神のみを人型端末に移植した。
残念ながら、保護したヒトのうち、延命できたのは君だけだった。

アルの身体も、保護してすぐに精神移植済みの端末であることが判明していたよ。運良く別の保護船に拾われていたのだろうね。

そして彼は、彼の端末にサーチできる君──セレネの痕跡をアンティグアに見つけた。
この保護船は何度かアンティグアに降りているからね。
きっとその痕跡からセレネの生体反応をサーチしていたと推測される。

彼は君の痕跡を今一度調べたくて、もう一度汚染の強いアンティグアに降りたいと希望したのだろう。


僕から君に全ての情報を開示することは危険だと判断したため、一部のみの開示にしていた。




彼は、既にザグに降りたよ。
あとは、君が回復して決めることだ。」





ナインの情報を機体に取り込むことに成功し、記憶媒体が徐々にヒトであった頃の記憶を取り戻していく。
生まれ育った星がウイルスに汚染されてゆく恐怖と、それに感染した人間がバタバタと倒れていく絶望。
こわい。死にたくない。
少しずつ、ヒトであったという証拠の精神に感情が宿されていく。

阿鼻叫喚の星で、幼馴染のアルと共に逃げた。
ウイルスの感染から逃げて逃げて、ついにアルが倒れた時に、とうとう追いつかれたと悟った。
寂しい。死なないで。君のいない世界は、寂しい。

そうして、アルが意識を失う直前に絞り出した言葉は
「僕は必ず君を見つけ出す。」

そうか、アルは生きていたんだね。
安堵。喜び。
しあわせ───



途切れ途切れの言語認識の中、少しずつ触覚が戻り始めて目から溢れ出た頬に伝う液体に気付いた。



12/19 寂しさ

12/19/2024, 1:55:05 PM