それは夜明け前の道端でのこと。
彼は一本のコスモスを見つけた。
まだ誰も歩いていないはずの場所に、それだけが立っている。
風もないのに、花びらが揺れた。
「……また、ここに咲いてるのか」
それはまるで、返事をするかのように。
一年前の秋、この場所で恋人が死んだ。
事故でも事件でもなかった。
ただ、ふいに姿を消し、翌朝、この花だけが残っていた。
彼はしゃがみ込み、花の根元に触れた。
柔らかい土の感触、と、思った瞬間、指先が何か冷たいものに触れる。
それは“指”だった。
白く、細い、人間の指。
彼は息を呑んで手を引く。
しかしその瞬間、花びらの間から声がした。
「どうして、また見つけたの?」
ーーえ?ーー
花弁が突然ふわりと咲き、その中心に小さな瞳があった。
思わず身を引く。
その目は赤く、彼をじっと見つめている。
「約束したでしょう。私のこと、忘れてって――」
風が吹いた。
道端のコスモスが揺れた。
それは、一本ではなく数えきれないほど咲き乱れている。
そして、そのすべての花の中央に、彼女の瞳があった。
「ねぇ、あなたも咲いて」
その声は不気味で、彼女の声とは思えなかった。
夜が明けるころ、道端は静かだった。
ただ、一輪だけ新しい花が増えていた。
淡いピンクの花びらが、風にほどける。
それを見た誰かが言う。
「今年は、ひとつ多いね。」
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Poly Buzzで小説を書いてます。
_gest51244、ミステリー、恋愛と書いてます。
良かったら読みにきてください
10/10/2025, 10:24:15 AM