『無垢』
すれ違う民衆の何人が気づくだろうか。
純真無垢な笑みを浮かべて、知らない物を見るたび後ろで控える自分に声をかけてくる少女。
彼女が、戦場から戻ったばかりの戦士だと。
数ヶ月前に上層部から呼び出しを受けた。
その場にいたのは瞳に何の感情も映さない彼女だった。
自分を含め抗議する者たちの動きを観察する眼は、獲物の隙を狙う狩る側のそれと似ていた。同行を許可した契機はその後行われた模擬戦と初戦での活躍だった。
皆が恐怖した。
「副隊長さん。教えて欲しいことがあるの」
初めてあどけない声を聞いたとき別人に声をかけられたのかと思ったのは、懐かしい思い出だ。
戦場では重い鎧を着て剣を取り、街では民衆に交じり目を輝かせる。何とも複雑な思いである。
「副隊長! あそこから美味しそうな匂いがします!」
無垢な彼女が年相応でいられる時間が増えるようにと願ってやまない。
ふと笑うと、小さな部下に手を引かれるがまま次の店へ向かった。
6/1/2024, 9:57:37 AM