うーん、予定よりも長くなってしまった。
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【空が泣く】
俺が護衛をしているアマーリエ様は雨の巫女。彼女は自由に泣くことができない。雨の巫女が泣くと雨が降るのだ。水害を防ぐため、計画的に雨を呼ぶために、巫女の涙は管理される。
雨の巫女は幼い頃から感情を揺らさないよう教育されるらしい。
俺がアマーリエ様に初めてお会いした時も、彼女の第一印象は『人形のような静かな方』だった。
しかし、人間である以上、感情を一切出さないなんてできるわけがない。
アマーリエ様は俺より六つほど年下。家族はいないと聞いている。ここには同年代の友人もいない。
寂しいのだろうか。今夜も空が泣く。
まだ若い巫女が、眠れない夜にほんの少しの涙を零すことを、誰が責められるというのか。
辛い境遇のあの方を、少しでも慰めて差し上げられたら良いのだが。
せめて気分転換の相手ができたら。それくらい信用してもらえたら。
そう思ってなるべく積極的に話しかけた。
ただの護衛が馴れ馴れしいと言われても。
俺は愚かだ。雨の巫女が雨を降らせる、そのために必要なのが巫女の涙だとわかっていたのに、泣かせる方法までは考えていなかった。
いや、考えることを避けてきたのか。
雨を呼ぶことが決まった。
アマーリエ様は質素な寝台がある薄暗い部屋に連れていかれた。普段は別の騎士が同行していたから、俺はこの部屋を初めて見た。
「ルッツ、お前は出ていきなさい」
神官からそう命じられたけれど、従うことなどできなかった。
だって、ここは微かに血の臭いがする。奥にある台の上には小振りなナイフが見える。部屋には神殿の中でも特に腕が良いと噂の治癒士が待機しているのだ。
彼らがアマーリエ様に何をするのかは明らかじゃないか。
気付けば俺はめちゃくちゃに暴れて、アマーリエ様を攫って逃げていた。
魔女が住むという森に逃げ込んだ。
この際、助けてくれるなら誰でもいい。恐ろしい魔女であっても。
アマーリエ様だけ匿ってもらえたら十分。俺はどうなっても構わない、そう考えていたのに。
現れた魔女は気まぐれに、俺たちを他国へ逃してくれた。
「アマーリエ様、もう大丈夫ですよ。これからも俺があなたをお守りします」
追手はいるだろうからまだ油断はできないが。
「ごめんなさい、ルッツ……迷惑を」
謝るアマーリエ様に俺は笑いかけた。
「そこは『ありがとう』と言ってください」
「そうね。本当にありがとう」
そう言ってアマーリエ様はぎこちなく微笑んだ。
「私、自由になれる? 好きな服を着て、屋台で串焼きを食べたりできる?」
「できますよ。一緒に行きましょう」
「笑ってもいい? たまには泣いても」
「水害にならない程度なら」
これからどうするかはゆっくり考えよう。
仕事は探さなければいけないが、魔女が餞別をくれたから、少し猶予がある。
本当は俺の貯金を引き出せるといいんだが。
とにかく、今はあの神殿から逃げられたことを喜んでいいはずだ。
「できなかったことを沢山しましょうね」
「ええ……嬉しい……」
アマーリエ様がふわりと、自然な笑みを浮かべた。
その時、どんよりと曇っていた空が急速に晴れ始めた。
「え? 私が笑うと晴れるのかしら」
「そのようですね」
そんなことも知らなかったくらい、この方は笑ったことがなかったのだ。
俺は晴れの日を増やそうと心に決めた。
もし、水不足が心配になったら、泣けると評判の小説でも読んでいただけばいいだろう。
9/16/2024, 11:40:43 PM