今宵

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『ミッドナイト』


『続きまして、ラジオネーム北風さん。しずくさん、こんばんは。はい、こんばんは。最近一段と冷え込んできましたが……』
 窓際に動かした椅子に私は両膝を抱えて座る。
 膝の上には冷えを凌ぐクマのブランケットと、うっすら明かりを帯びたスマートフォン。そのスマホに繋がったイヤフォンは私の耳まで延びている。
 もこもこの上着に身を包んだ私は、遠くの誰かの声にそっと耳を澄ませる。

 眠れない夜はこうしてラジオを聴く。布団に入って聴くことも多いが、目が冴えた日には椅子に座って外を眺めながら聴いたりもする。
 昔はラジオを聴く習慣はなかったので、ラジオを聴くようになったのは大人になってからだ。
 まったくの未知の世界だったが、飛び込んでみると案外面白かった。
 聴き手はただの客ではなく、一緒にものを作る作り手でもあり、聴き手のセンスが番組のセンスを担っているようなところがあるように思う。
 もちろん話し手や話の選び手の力があってこそだが。

『素敵なお話ですね。温かいお話は温かい気持ちになれてホッとします。こんな寒い日、私は家でいつもより甘くしたココアを飲むのがお気に入りです。さて、北風さんのリクエスト曲は……』
 曲名を告げられたあと、すぐに音楽が流れ始めた。私の知らない曲だ。新しい曲だろうか。
 最近は何事においても、自分の興味のある物事にしか出会わなくなり、新しいものに出会う機会は、ぐんと減った。
 それは便利である一方、もったいないようにも思う。まだ出会っていない好きなものだって、世界にはたくさんあるはずだ。
 ラジオではその点、いろんなものに出会える。
 始めて聴く音楽、クスッと笑えるエピソード、自分と同じようにどこかの誰かが抱える悩み。
 それらは自然と心地よく耳に入ってくる。喋る声の良さももちろんあるが、顔が見えないからこそ言葉がストレートに伝わってくることが私は心地良いのだと思う。

 ラジオから流れる音楽を聴いていると眠たくなってきたので、素直に布団に入ることにした。
 イヤフォンをしたまま目を閉じる。
 この曲は何という曲名だっただろうか。曲終わりに確かめて、明日調べてみよう。
 そんなことを考えながら、私は眠りにつく。

 真夜中、私は一人ぼっちだと思っていた。
 だけど今は違う。
 こうして今も、誰かの声に耳を傾けているのだから。

1/26/2024, 7:41:41 PM