ミミッキュ

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"イルミネーション"

 太陽が地平線へ吸い込まれ始めた頃、病院近くの大通りの街路樹の横に設置されているベンチに座っている。
 ハナは、ダウンジャケットの鳩尾辺りから顔を出し喉を鳴らしている。
 ハナが顔を出せるように、と元々胸元まで下げていたファスナーをベンチに座った時に更に下げた。
──おかげで少し寒いけど、我慢我慢。
 ハナの頭を指先で撫でながら顔を上げると、視界に待ち人が映った。撫でていた手を止め、片腕を上げて呼ぶ。
「おう、こっちだ」
「みゃあ」
 俺の姿を捉えると、こちらに真っ直ぐ歩いてくる。
 待ち人──飛彩が俺の数メートル先まで来ると、立ち止まって口を開く。
「済まない。少し遅れた」
「んや、約束の時間の十分前くらいだ。俺が早く来すぎただけから気にすんな」
 そうフォローを入れると小さく頷く。『申し訳ない』と言いたげな顔をしながら。
 真面目さに小さく息を吐くと、口を開いて聞いてきた。
「ところで、話しとは?」
 早速本題への質問をしてくる。一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
「もう聞いてるかもしれねぇが、こいつを俺が飼う事にした」
「みゃあ」
 メッセージで伝えた方がいいのだろうが、俺にとってとても大切な事なので直接伝えたいと思い、CRの奴らには今日の昼間CRに行って直接伝えている。
 その時飛彩は手術中で不在だった為、メッセージで待ち合わせを取り付け、遅れての報告になった。
 あいつらから言伝に聞いているだろうが、先程言った通り直接伝えたい事なので戻った後メッセージを送って待ち合わせをした。
 伝えると飛彩は「そうか」と嬉しそうな顔でこちらを見る。
「本当はこないだ飼う事に決めたんだが、名前が決まるまではと思って報告はちょい遅れた」
「という事は、名前決まったのか」
「あぁ。名前は《ハナ》だ。たまに力強い鳴き声出すし、どんどん成長していく様を見て『道端に咲く花みてぇだな』って思って」
 そう言った後、弁明するように「俺の名前から取ったんじゃねぇから。たまたまだから」と言うと「分かっている」と少し笑い声を漏らす。
──絶対分かってねぇな、こいつ。
 少し咳払いをして「済まない」と居住まいを正す。
「子猫の事を良く見て付けた、とても素敵な名前だ」
「……そうか」
 少し照れくさく答えると、少し身をかがめてハナの頭を撫でる。「良き名前を貰えて良かったな」とハナに話しかけると「みゃあ」と鳴いて、『もっと撫でろ』と言わんばかりに飛彩の手の平に擦り寄る。
 飛彩は一瞬戸惑いの目を向けるが、ハナの要求通りに撫で続ける。
 そんな光景を眺めていると、視界の端に光が灯った。少し驚くいて、顔を上げて周りを見渡す。
 周りはすっかり暗くなっており、それに合わせ大通りに生えている街路樹の幹に巻き付けられていたライトが黄金色の光を放ち、大通りを彩っている。
「そういえば、今夜からだったな」
 飛彩がそう呟くと、そういえば今ぐらいの時期からだったなと思い出し「あぁ」と小さく声を漏らす。
「みゃあ」
 俺の小さな声に呼応するように鳴いた。
「綺麗だな」
「あぁ……そうだな」
 そう答えて視線を下げてハナを見ると、光で綺麗に彩られた周りを興味津々な眼差しで見渡している。目に黄金色の光が映る。
──この景色が、猫の目にどう映っているかは分からない。けれど、
「ハナの目にも、綺麗に映っているといいな」
 俺が心の中で思っていた言葉を引き継ぐように言ってきた。
 少し驚いたが、表に出さぬように顔を上げて改めてライトアップされた大通りを見渡す。
「……だな」
──俺達と見えている景色が違っていても今の、この景色がハナの目にも綺麗に映っていたらいいな……。
「しばしこのイルミネーションを見てから帰るか」
「俺は良いけど、てめぇは大丈夫なのか?時間……」
 顔を飛彩に向けて聞く。
──確かメッセの中に「夜中にも手術がある」って書かれてたはずだけど……。
「問題ない。少しくらいの時間はある」
 そう言って俺の隣に座ってきた。
「……そうか」
 少し口篭るように返事をする。
──男二人並んでイルミ見るとか……。
 そう思いながらも、三十分程冬の寒空の下で二人と一匹、同じベンチでイルミネーションを眺めた。

12/14/2023, 2:50:14 PM