紫水

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ある夏の暑い日、ふわふわと浮かぶ白い胞子を眺めながら私は呟く。以前の私ならば驚くであろう夏にすっかりと慣れてしまっている。
なぜだかは知らないが前の前のいつかの夏、突然冒頭でも紹介したような胞子が浮いているのを見つけた。完全に胞子と断定したわけではないが、その胞子が何処かに付着すると白い苔のようなものが生える。だか、特に害があるわけでも無い。
最初のうちこそ気にしたが今は慣れと共に気にしなくなっている。まぁ、私以外見えないようだし。

さて、少し昔の話をしようある人の話だ。その人は男とも女ともとれる一般的に言う、中性的な人間は私と同じくこの胞子が見えるそうだ。
特に根拠はないし、でも、それを初めて見た時の自分の反応とそっくりだったからだ。
自分を見て、その人は少し怯えたような目をした。
それもそうだ。数分前から座り込む男の前で仁王立ちで見下ろしているのだから。
その事に気づき急いで謝罪する。
するとその人は何かを言おうとし、口を閉じた。
文句でも言われるかと思ったので、間髪入れずに話し始める。
「ここに浮かんでるこれ、見えます?」
本当に突拍子もない事を言うが、絶対に見えていると思ったからこそやったのだ。普段の自分だったらそのまま立ち去って居ることだろう。その胞子を突いて見せる。
「あ、はい見えます、」
困惑しながら応えてくれた。
自分的には仲間が増えて嬉しいような気がする。
これっきりだろうが、何かあったら頼れるのだ。
自販機で水を買い手渡しながら軽胞子の話をする。
その人と私は思ったより趣味が合い、時々会うようになった。 

ある時は海へ、ある時は彼を連れ海外にだって行きそんな中自分は彼の事を大切に想う様になった。
そんな思いと裏腹に彼はやつれていき、
最初の内は少し疲れやすいとか、眠たいとかそんな感じだった。
日を増すごとにどんどんと顔色が悪くなり、遂には入院にまで、至った。
そんな彼が心配で心配で毎日足繁く病院にかよっては声を掛けた。
ここまでの間自分達はいや、自分は彼に想いを伝えたことが無く、退院したら言おうと心に決めている。
そんなことを考えていると携帯がなった。
急いで病院に駆け込む
最悪の事態だ。
病室に音をたて扉を開く。
絶対に言わなければ
触ったら崩れそうな体をした彼がベッドに横たわっている。
ギュッと手を強く握り締め、言えなかった。
この言葉を言う、「好きだ」
その瞬間部屋に鳴り響く電子音が一定になった。
こんな時になぜだかお腹が満たされたような気がした。
「愛を叫ぶ。」

5/12/2023, 9:49:50 AM