『はじめまして』
「はじめまして!さようなら!」
「はじめまして!さようなら!」
道ゆく少女は、すれ違う人すべてに頭を下げていた。
「はじめまして!さようなら!」
突然、出会いと別れの言葉を述べられた通行人たちは顔を引きつらせる。しかし、健気に頭を下げる彼女の様子を見て、すぐに顔をほこらばせた。
見た目は10-12歳くらい。
派手な銀髪をさせた女の子が頭を下げる様子は、はたから見れば何かいかがわしい客引きかと、勘違いされても仕方がない。
彼女の同伴者だと気づかれたくない私は、数メートル距離を空けてあるいていた。
懲りずに頭を下げつづける少女の元へ、やがて1人の男が歩み寄っていく。
それに気づいた私は、男よりも先に彼女の元へ向かい、腕を掴んだ。
「なに?」
少女は振り返ると、とたんに不機嫌に顔を歪めた。
「もう十分だろ。さっさと飯に行くぞ」
金が入ったので、今日は奮発して少しお高めのレストランを予約してある。
抵抗する少女の腕を無理やり引っ張り、私はそこへと向かった。
「はじめまして!」
未だ見たことのない上品な料理を前に、少女は深々と頭を下げる。
その後すぐに頭を上げたかと思うと、
「さようなら!」
と、元気よく別れの言葉を述べる。
そして、どこか名残惜しそうにそれを口に放り込むのだ。
世間知らずの彼女は、いわばスポンジのようなものだ。得た知識をなんでも取り入れようとする。
今日はどこかで、「はじめましてとさようなら」を覚えたのだろう。
勉強熱心なのは非常に関心するが、問題はその行動力だ。
「美味いか?」
色々と気になることはあるが、とりあえず料理の感想を聞くことにする。
なんたって、今日は奮発してここにいるのだから。
もぐもぐと口を動かしていた少女は、その問いに答えるため急いで喉を鳴らし、口を開こうとするのだが、
「はじめまして!さようなら!」
と声を上げる。
タイミング悪く、次の料理が運ばれてきてしまったようだ。
「なあ、もう少し静かに食事してくれないか」
ここは少しお高めのレストランなので、私たちを除けばみな上品な客ばかり、何度も大きな声をあげられると、いくらなんでも悪目立ちがすぎる。
そんな私の気などいざ知らず、
「でも、挨拶は元気よくすることが大切でしょう?」
と、少女は吐き捨てる。
「その心がけには関心するが、時と場所と相手を考えろ」
「時と場所と相手?」
少女は少しの間考え事をし、やがて何か思い出したのか反射的に口を開く。
「もしかして、さっき私が止められたのはその考えるべき相手だったってこと?」
それはおそらく、さっき私が少女の腕を掴んだときの事を指しているのだろう。
「ああそうだ。アイツのお前を見る目、明らかにヤバかったろ。ありゃ完全にそっち系の類だろうな」
少女は首をかしげる。
口を固く閉じ、不機嫌そうに眉をひそめたかと思うと、今度は小さな唸り声をあげた。
「……」
その様子を見ていた私は、また要らぬ知識の習得に加担してしまった事を悟る。
「ねえ、そっち系ってどうゆう意味?」
答えたくなかった私は「知りたいのなら、自分で調べろ」と返事をするつもりだった。
しかし、それよりも先に少女が何か気付いたことがあるようで、慌てて席を立ち上がり、
「はじめまして!」
始めての言葉に、丁寧に挨拶をするのだった。
4/2/2025, 9:18:23 AM