狼藉 楓悟

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 耳をつんざくような爆発音。鳴り止まぬ人々の恐怖と絶望の声に意識が浮上する。
 目を開けば、焼け落ちる民家と無惨にも犠牲となった罪なき人々の亡骸……数刻前まで平穏な暮らしが築かれていたであろう場所に、血の海が広が広がっている。
 立ち上がろうと力を込めれば腹に大きく痛みが走る。
 ……嗚呼、そういえば、もろに攻撃を食らってふっとばされたんだったか。
 他人事のようにそう思い出しながら、今度はなるべく傷に負担のかからぬようゆっくりと立ち上がる。剣を杖代わりに地面に突き立てふらつく体を支え、一歩、また一歩と歩みを進める。
 戦禍から逃げ惑う人々が俺の姿に怯え、必死に逃げようと踵を返したり大事な者を守ろうと身を挺して庇ったり。そんなことをせずとも、もうこの身に剣を振るうだけの余力はないというのに。
 死に場所を求め戦地へと赴き戦い続けたこの体は、ついにその無駄な命の終わりを迎えようとしているらしい。
 陛下からの勅命のまま、戦い、殺し、領土を広げてきた。今回の戦争も我が国の勝利であろう。敵軍の姿はとっくに見当たらない。
 遠くから仲間が駆け寄ってくるのが見える。この状況下でよく俺を見つけたものだ。
「レイアード! 大丈夫か?! しっかりしろ、すぐ基地へ戻り手当を──」
「おい、俺は曲がりなりにも副司令官だぞ。いくら幼馴染とはいえ公務中はせめて卿をつけろって言ってるだろーが。」
 笑顔を作り、いつものように軽口を叩く。
 直属の部下であり、唯一親友と呼べる相手。所々怪我は見られるが、命に関わるようなものはなさそうだ。
「言ってる場合か!! 無駄口叩いてないで、ほら、担がれたくなかったら掴まれ。」
「……いや、いい。」
「は……お前、そんな傷で基地まで歩けるわけないだろ。馬鹿なこと言ってないで、早く。」
「んな傷だからだよ。……自分のことは自分がよく分かってる。今回ばかりは、もう無理だ。」
「そんな事言うな!! 死なせるもんか。絶対、お前だけは……!」
「キルギス、見ればわかるだろ。俺はもう──っ、」
 数回咳込めば鮮血が吐き出される。足の力が抜けその場に崩れ落ちそうになるのをキルギスが支え、そのまま担ぎ上げられた。
 そのまま両腕に成人男性一人抱えて全力で戦禍の中を駆け抜ける。よくそんな体力が残っているな、なんて感心しつつ、男を横抱きで運ぶのはいかがなものかと苦言を呈すが、舌をかみたくなければ黙っていろと一蹴された。仕方がないからそのまま身を委ねる。
 重く、自由のきかなくなっていく体。霞む視界と薄れゆく意識。最後に視界に映った景色は、黒煙に覆われた大空と、今にも泣き出しそうな親友の顔だった。



 耳をつんざくような悲鳴に目を覚ます。
 騎士団訓練場すぐそばの小さな丘の上。心地よい風が草木を揺らしながら吹き抜けてゆく。
 ゆっくりと体を起こし訓練場へ目を向ければ、キルギスが団員たちをしごいているようだ。
 死を覚悟したあの日、神の気まぐれかキルギスの努力の賜物か、俺は一命をとりとめた。まだ十分回復したとは言えないが、取り敢えず日常生活には支障はない。
 戦争はこの国が勝ち、あの街は占領され建て直されている最中だ。数カ月もすればそれなりに機能を果たすようになるだろう。
 異常がないことを確認すれば、またその場で横になる。眼の前に広がる大空に、もうあの日の面影はない。
 団員の嘆きとキルギスの怒声、ぶつかり合う剣の音を聞きながら、晴れ渡る空の下、再び眠りへ身を任せた。


#19『大空』

12/21/2024, 1:09:42 PM