薄墨

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食べちゃいたいほど愛してる。

tinyは可愛いほどちっちゃな、ちっぽけな、という意味らしい。
赤ちゃんとか、動物とか、そういうものに使う「ちっちゃい」みたいなニュアンスの言葉。
ならtiny loveというのは、小さく幼くてちっぽけな、可愛いものへの愛のことだと思うのだ。

そう。“食べちゃいたいほど愛してる。”

丸くて、柔らかくて、ちょこちょこと動いている。
口に入れたら一口で食べてしまえそうな小ささの生物が2匹。
これが弊社で開発された人工食糧生物の第一世代だ。

食糧問題は、年々深刻化している。
医学や薬学の発達による人口増加、気候変動や太陽の変化によってもたらされた気温や植生の変化などにより、この世界の食糧危機は、今や最優先事項として協議されるほどになっている。

そんな人類の存亡がかかった危機的状況を打破するために研究され始めたのが、人工食糧という可能性だ。
できるだけ少ない資源、そしてできるだけ複雑すぎない条件下で、効率良く増産できる食糧を、これが今、世の中の人類全てが欲している最大ニーズであり、関心ごとだった。

生物学と工学、そして人の成長を長年研究し、商品を生み出してきた機関を持つ弊社が、このニーズを逃すわけにはいかなかった。

と、いうわけで、うちでは大々的に、部門ごとで競い合いながら、人工食糧の開発が進んでいた。
そんな中、我々、ゲノム生物部が作り出したのが、この生き物だった。

真っ白で、ふかふか柔らかく、まんまるで、一口サイズのお団子みたいにちっちゃくて、ちょこちょろ動き回る。
食べちゃいたいくらい愛らしい、食欲を刺激するほど可愛らしい生物。
それが、我々の作り出した人工食糧生物、tiny loveだ。

開発はすでに佳境だ。
味も食べやすさも確認済み。tiny loveはとても美味しい。
あとは、このtiny loveの繁殖を試み、問題がなければ、tiny loveは家畜に変わる新たな人工食糧生物として、世界中に広がっていくだろう。
今、こうして私の前を歩き回っている、食べちゃいたいほど愛らしい生物は、tiny loveのアダムとイブなのだ。

時々、考えることがある。
食べられるために生まれる、食べられるために生きるというのはどういう気持ちだろう、と。
しかし、そんな哲学的かつ倫理的な抵抗を持ってしても、やはりtiny loveは食べちゃいたいほど愛らしい。

私はこの生物を愛している。
食べちゃいたいほど。

ちょこちょこと動き回る2匹を掬いあげる。
食欲を抑え、2匹ともを繁殖用ケージへ入れる。
私はきっと、愛情を持って、2匹を育てるだろう。
食べちゃいたいほどに愛しながら。

ケージの中の床材がかさり、と音を立てる。
食べちゃいたいほど愛らしい生物が、そこにはいる。

10/29/2025, 1:31:39 PM