のねむ

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電車の窓から見える景色をずっと眺めていた。
電車は嫌いだ。沢山の人で溢れている駅のホームも、電車の走る音が大きすぎて、耳栓代わりのイヤホンから流れる音楽も聞こえなくなる、あの瞬間も嫌いだった。動悸がして、今この場所から逃げ出したくなる、そんな気持ちで埋め尽くされるから。
けれど、仕事先に行くには、電車に乗るしかないのだから、私はいつも仕方がなく、心を強く持ち動悸に気付かぬフリをして電車を待つ。

時間通りに到着する、憎たらしい電車に乗り込むのだ。
私はいつも同じ場所から乗り込みいつも同じ場所に立つ。座ることはしない。座ってしまえば、もう二度と立ち上がれなくなると思うから。座席に私の体を縫い付けられてしまった、いや、私が座席に溶けて行くような、そんな感じがするのだ。
だから、立って、ただただ自分のスマホから目を離さないようにする。そうしなければ、泣いて崩れ落ちそうだと思ったから。

だけど、この前、1本早い電車に乗ってしまった。
本当に何となく、ただただ気まぐれに、駅のホームに立った瞬間に来たから、乗ってみようみたいな感覚で乗ったのだ。
そしたら、いつも乗ってる電車よりもうんと、人が少なくて。どの席でも座ってどうぞみたいな感じだったから、立っている方が目立つと思って座ってみた。立てなくなったとしても、それはもうそれでいいのかも知れない、と思ったから、座ってみたのだ。
そしたら、目の前に電車の窓が見えた。
早く早く進む電車の奥に、顔も知らぬ人達が生きてる世界が広がっていて、私だけ世界から切り離されたようにも思えた。流れる建物や、橋の上を走った時の空の広さとか、美しさとか。世界を、人を怖がる私には、そんな当たり前の景色がとても綺麗に思えて、少しだけ泣いた。
耳栓代わりのイヤホンから流れる音楽も、映画のエンドロールに流れるような曲だったから、本当は私は今この瞬間死んだんじゃないかって。自分の人生のエンドロールが、実は今誰かのテレビの中で流れてるんじゃないかって、思った。
そんな縁起でもないことを思っていたら、いつも降りる駅に着いてしまった。現実に引き戻された。死んだのに、生き返ってしまった。悲しかったし、苦しかった。けれど、いつもよりも生きている実感が、生きていかなければいけないという実感が湧いてきた。


その日から、私はずっと、いつもより1本早い電車に乗る度、窓から見える景色を見ていた。その瞬間だけは、私はこの世界の何者でもない気がしたから。きっと、誰かの娯楽になってるのかも知れない。私のつまらない人生を見て、ポテチでもつまみながら笑って、エンドロールまで飛ばしたのかもしれない。
どうでもいいことだけど。
誰かの生きている美しい景色を、1人切り離された世界から見ることで、どこか救われたような気持ちになる、そんな人間もいるのだと、私の人生を見ているかも知らない、顔も知らない奴らに言ってやりたくなった。





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電車は嫌いです。動悸がして、目眩がして、死にたくなる。
けれど、仕事に行くには乗らなければいけない。唯一の救いは、向こうの駅のホームに貼ってある、隙間を守るエクレアみたいな子のポスター。可愛い。
けれど、やはり憂鬱。明日も乗ります。嫌だな。もしかしたら、いつもスマホを見ながら乗ってるあの人たちも同じことを思ってるのかも知れないな、と思うと、少しだけ私の見た窓の奥の世界を見せたくなります。傲慢ですが。
とても綺麗でした。キラキラと光る建物も、きっと当たり前にある存在では無いのだと思います。その先に生きてる人たちもきっと。


そういえば、刀の付喪神の.5ミュージカルをライブビューイングで見てきました。咽び泣きました。
人の本気の思いっていうのは、多分きっと人を救うんです。
多分私の窓の奥から見た景色が美しく見えたのは、沢山の人の、誰かの為の本気の思いで溢れていたから、だと思います。


いつも、読んで下さりありがとうございます。
最近は何も上手くいかなくて、悲しく苦しい日々を送っていますが、私の偏屈な考え方を読んで少しでも貴方が楽になれば、と思います。

9/25/2023, 11:47:53 AM