『罪の名を呼ぶ教会で』
――第一章「雪の下で待つ人」続き
彼女の言葉が空気を割ったあと、しばらくのあいだ、沈黙が降りた。
「私は、人を殺した。」
普通なら、その一言で逃げ出してもおかしくなかった。
けれど僕は、逃げなかった。というより、逃げる気力すらなかったのかもしれない。
教会の中は、外よりも静かだった。
風の音すら遠ざかって、時が止まっているようだった。
まるでこの場所が、罪も痛みも飲み込んで、封じているみたいだった。
「……怖くないの?」
彼女がそう言った。
僕に背を向けて、ロウソクの残骸を指で弄びながら。
「わからない」と僕は答えた。
「怖いっていうのも、最近よくわからなくて。
でも……君のこと、ちゃんと知りたいと思った」
少女はゆっくりと僕の方を振り向いた。
その目は、泣いてもいないのに、どこか濡れて見えた。
「名前、教えてくれる?」
「……律。栗原律」
「律くん。……私は茉白。白い真実って書いて、ましろ」
「皮肉な名前だね」と僕は言ってしまった。
でも、彼女はふっと小さく笑った。
それが、どこか救われたような笑みに見えて、僕の胸が少しだけ熱くなった。
「ねえ、律くん」
彼女は床に敷いた古い毛布を指差して、言った。
「そこ、座って。きっと、もうすぐ雪が強くなる。……今日は泊まっていって」
泊まる? この場所に? この、人を殺したという少女の傍に?
けれど、もう一度教会の外に出て、冷たい夜の中に戻る気にはなれなかった。
誰にも見つけられずに消えたかったはずなのに、
なぜだか今、ここにいてもいいような気がした。
僕はゆっくりと茉白の隣に腰を下ろした。
彼女の髪が、少しだけロウソクの香りを纏っていた。
その夜、僕たちは何時間も話した。
時には沈黙しながら、それでも、
“話す”という行為を通して、
少しずつ、少しずつ、自分を思い出していった。
4/13/2025, 2:40:58 PM