あの子の右手がほしかった。もし私の右手があの子の右手なら、憧れの人と手を繋いでも、「なんか怪我してる?」とか言われなかったかもしれない。部活でできた凹凸は深くて一生治らなさそう。
あの子の目がほしかった。キラキラしていて、見つめ合ってもそっと気まずげに逸らされることのない瞳。
あの子の声も。一度だってかかってこない通話が叶うのなら。
「神様に願ってもらえるものならめちゃくちゃ取り替えてほしい……」
最初から最後まで落ち込んだデートの日、わたしは居間のソファで膝を抱えていた。なんとかしてあの人を繋ぎ止めなければ。
膝を解放して両手をギュッと握り合わせる。ああ、どうか、天にいるらしい神様、叶うのならば、テレビの中にいるあの子のすべてをください!
「つーかさ」
わたしのクッションを尻に敷いていたがために、げしっとソファから蹴落とされた兄がこちらを振り向いた。
「アイツ恥ずかしいだけじゃね?」
「えっ」
兄はゲーム──最近同世代で流行ってる戦闘ゲームだ──のポーズ画面のままスマホをローテーブルに置き、珍しく真面目な顔をしてあの人、兄からすれば友を語り始める。最初に紹介してくれた以降何を言っても目をつぶって沈黙していたのに別人かのように真剣な視線でわたしを見ていた。
「手ェ、悪くは言われなかったんだろ。心配したんじゃねェの」
「えっ」
「そんでな、アイツ内気なとこあるから見つめ合いとか無理だぞ」
「えっ、えっ」
「だから電話はお前からかけろ。以上!」
「えっ!!」
わたしの顔は嬉しさで溢れているだろう。お互いを親友と呼んで憚らない兄が言うならきっと間違いじゃない。
ニヤリと口角を上げてラグからソファに舞い戻った兄は再びクッションを尻に敷こうとし、ややあってそれを端に寄せた。ぜひ常日頃からそうしてほしい。
そしてスマホを取り寄せてわたしの眼前に掲げてみせた。いつも通りの戦闘シーンで不自然に固まったキャラクタがいるが笑う余裕もない。
「そんでさ、この戦闘どうしたらいいと思う?」
「ねェ、本当に?ほんとのほんと?」
「マジもマジ、大真面目にぜってェそうだって。そんでこれさ、どうしたらいいと思う?」
「右翼が甘いと思う」
「マジ?」
「マジもマジ、大真面目に。で、本当に?」
「だからマジだって言ってんだろ!信じろよ。おまえの神だぞ、おれは」
ドンと胸を叩いた神様はそれからわたしの横でゲーム片手に話を聞いてくれた。いつも負けまくってわたしに攻略を聞いてくるくせにフレンドより良い成績にしたいと手放さないままだ。
尚、わたしはというと、あの人もハマっていると聞いたのでマスターしてあるのだ。まだお話で趣味までは踏み込めていないけど!
「てかさ、よくわかんねェ天に祈るより、おれに祈れ。あとお菓子くれ。そんでおれっていう神様はな、恋のキューピットもできんだよ。コレのためには」
「そうなんだ。あとそのスキル変えた方がいいよ」
「マジ?助かる、ゲーム神様」
わたしは両手が塞がった恋愛神様へ貢物たるポッキーを運んできて、あの人のためならゲーム神ごっこも悪くはないなと思った。
4/15/2023, 8:44:54 AM