✳束の間の休息
「なんです?」
執務室に戻ると、弟のシャロが神妙な面持ちで銀の茶器と茶葉を見比べていた。
眉間には皺が寄り、こちらに気づくと口を開いた。
「姉上、実はこの銀の茶器と茶葉は、王女から姉上にと頂いたものでして」
「王女が?ふっ、珍しい事もあるものだな。で、シャロは何を惑っているのです?」
弟から茶器と茶葉を取り上げると、気にせず部下にお湯を持ってくるよう指示を出した。
「姉上、あの王女ですよ?毒でも盛られてるかもしれないものを口に⋯⋯ましてや、敵の施しほど屈辱なものはありません」
苦渋を噛みつぶしつつも、茶葉を取り返そうと手を伸ばす弟に、ミンシャは深くため息をつき、弟の手を軽く叩いた。
「王女がわざわざ銀の器を用意しているのですよ?その意味をお前は少し考えたらどうです?」
ミンシャは呆れたように言うと、部下が用意したお湯と茶葉を茶器に入れていく。
熱いお湯を注いだ茶葉からは、爽やかな香りが漂った。
「銀の器を用意したからといって何です?姉上は少し王女に肩入れしているのでは?」
弟の言葉に、そういえばそうかもしれないと、ふと思う。
もともと王女は嫌いではないのだ。
こうして、敵である自分にも気を効かせることが出来る器量を持っている。
それにこの銀の器は、毒に触れると変色するのだ。
それを堂々と弟のシャロに渡すということは、もし万が一毒があったとしたら、その矛先は王女に向かうのである。
それは王女を貶めるのに好機となりうる。
だが、今までの王女を見てきた私はある意味で、王女に信頼をも寄せていた。
そう、王女がこんなくだらない方法で私を貶めるはずがないと。
「お前は今まで何を見てきたのだ?私はただ、王女を信頼しているだけです」
「信頼⋯⋯ですか?」
銀の茶器にお茶を注ぐと、躊躇いなくお茶を飲んだ。
「ええ、この私に唯一立ち向かう勇姿にです。そして、最後まで見届けるのはシャロ、お前の役目ですよ」
弟の分のお茶も注ぐと、笑顔で手渡す。
戸惑いつつも受け取る弟は、覚悟を決めたように一気に飲み干した。
「俺が見届けるのは、姉上が勝つ所です」
先ほどとは一変して、殊勝な顔つきになった弟に感心する。
「それでこそ、私の弟です」
弟に足りないものは、覚悟だ。
命をかけるという。
ミンシャは再びお茶を茶器に注ぐと、今度はゆっくり味わうように飲み干した。
10/9/2024, 8:18:15 AM