『つまらないことでも』
あの頃、セカイは僕のものだった。
欲しいものはちょっと駄々をこねれば買ってもらえたし、周りの大人は僕が何かすると皆してやたらめったら褒めてくれた。クラスの中心にいつもいる、お調子者の男の子。それがあの頃の僕だった。
あの頃毎日通った通学路。
周りを空と田んぼに囲まれて、その間を貫くように薄茶色の砂利道がどこまでも伸びている。カタカタ。僕のランドセルが鳴らす音以外、目立った音は聞こえない。そんな静かで何も無い道を、僕は毎日歩いていた。
毎日。毎日。同じ道を。
そんな登下校の時間が、僕にはどうも退屈でとってもつまらないものだった。だって、僕のセカイは毎日楽しいことで溢れているのに。この時間だけが何も無い。遠くに見える青々とした山も、雲一つ無い空も、もう見飽きてしまった。
「あ~あ。今すぐ隕石でも降ってこないかなぁ。」
そんなようなことを、毎日考えていた。
そして今、俺は世界の一部品として働く社会人になった。欲しいものが出来ても躊躇してしまって結局買わないし、上司に褒められることなんて滅多にない。居ても居なくても変わらない、ごくごく平凡な会社員。それが今の俺だった。
毎日乗り込む通勤電車。周りを冷たい鋼鉄と人に囲まれて、その間に体を縮こまらせるようにして立つ。ガタンゴトン。そこかしこから、音が聞こえる。そんな忙しない、冷たい毎日を俺は生きている。
あの頃の僕が見飽きたつまらない光景を、俺が最後に見たのはいつのことだっただろう。あの頃、セカイは僕のものだったはずなのに。もう久しく、青空なんて見ていない気がした。あの何も無い通学路が何だかどうしようもなく恋しくて、息が詰まる。
つまらないことでも、どうやら俺にとっては大事な思い出の一部だったらしい。狭い車窓から青空をのぞき見て、初めて気が付くのだった。
8/4/2024, 1:21:29 PM