逆井朔

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お題:月に願いを
 飲み屋から一人、また一人と出ていく。
 なんだか不思議な感じだった。
 子どもの頃の面影のある子もいれば、もはや完全に別人みたいな子もいる。美優(みゆ)ちゃんは今もあの頃と同じで可愛くて、でもその一方で背丈が低いのをずっと気にしていた聖(たけし)くんは180センチ超えのスポーツマンになっていて。昔と今の雰囲気に変化の無い子とある子がまぜこぜになって、頭がこんがらがりそうになる。
 アルコールも入っているから尚のこと夢見心地で、普段見慣れない昔なじみが一堂に会しているこの光景はちっとも現実味がなかった。
「この後カラオケ行くー?」
「いいねー、歌おう歌おう」
「駅前のカラオケ店まだやってたっけ?」
「今ネットで見たら、一応やってるみたい」
「あたし流行りの歌とか知らないけど平気かなぁ」
 みんなの会話がぽんぽんと弾んでいる。
 会の始まりには少し距離感のあった子たちも、二時間も飲んだおかげかだいぶ昔みたいに話せるようになっていた。かく言う私もコミュ障で会話は下手くそな部類に入るけれど、みんなとは比較的楽に話せている。普段全然会っていなかった子たちなのに、ちょっと話すとあの頃の空気に戻れるのだから不思議だ。
 夜風に当たりながら、ぼーっと街灯に照らされたみんなの横顔を見つめていた。
 昔はそばかすのあった仁美ちゃんの頬は今は真っ白だ。あの頃分厚い眼鏡をしていた太一くんは今はコンタクトでもしているのか、何もかけていない。そんな風に変化しているところはあるけれど、二人とも相変わらず穏やかで優しい。
 そういう風にみんなの容姿や雰囲気が変わっても、あの頃の面影は言葉の端々から滲んできた。そういう残り香のような思い出の欠片を密かに拾い集めるのはちょっと楽しかった。
「どうしたの、なんか楽しそうだね」
「あ、郁(いく)」
 昔なじみたちを眺めて感慨に浸っている私の目を覚ますかのように、視界いっぱいに入り込む長身の男子。今やすっかり疎遠になっていたけれど、幼稚園から中学校までずっと一緒に過ごした幼馴染だ。
「いやぁ、なんかさ、いいなぁって思ってたの」
「なにが?」
 怪訝そうに見つめてくるその容貌は昔とは随分と変わって、年相応に精悍なものになっている。昔は本当に可愛らしくて、考えていることが丸わかりなくらい表情によく出ていたのに、今は全く何を考えているかが見えてこない。
 ちょっと気にはなるけれど、でも多分、他の子のように昔みたいな面も残っているんじゃないかなぁ。そんな風に考えてみる。
 飲みの席ではずっと別々の所にいたからまともに話していないので、実は今日まともに話すのはこれが初めてだったりする。中学の卒業の頃までやりとりをして、それからずっと没交渉だった。
 ずっと会っていなかったけれど、顔立ちはあの頃と変わりなかったので会の初め頃にすぐに気付いた。
 背丈は当時より多分20センチくらいは伸びていると思う。あの頃から大して背の変わらない私が、当時は同じくらいの目線だと感じていたのに、今はこんなに見上げなくてはいけないのだから。
「みんなと随分会ってなかったから変わっちゃったんじゃないかなって不安もあったけど、根っこのところは変わってないなぁって思ったら、なんか嬉しくてさ」
 うまく言葉にならないのがもどかしいけれど、これが間違いない本心だった。
 もしかしたらここにいる大半とは明日からはやり取りしないのかもしれない。二度と会わない人もいるのかもしれない。それでも、今この場でこうして会って同じ空間で過ごすことができてよかったなと思う。
 外に出て大分経つのに、まだ両頬はじんわりと熱をもっている。夜風だけでは物足りず、パタパタと掌を扇代わりにして仰いでいると、
「これ、よかったら使って」
郁が何かを差し出してきた。扇子だ。開いてみると濃紺の布地に檸檬色の細かなドット模様が鮮やかだ。星空をイメージしているのかもしれない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 先程までの手の扇に比べたら格段に良い。だんだん心地よくなってくる。
 年相応に外見は変化しているけれど、郁も中身は昔とそんなに変わらないような気がしてきた。
「見て。青(あお)。空、満月だ」
 呼ばれるがまま、空に目を移した。月が視界に飛び込んでくる。
「本当だ。綺麗だね」
 ふわふわと宙に浮いているみたいに足が軽い。子どもの頃に教科書で読んだ鯨の雲に、今の私ならひょいと乗れそうな気もしてくるくらいだ。
「そうだね、綺麗だ」
 傍らの郁はこちらを暫く見た後、空に目を移した。彼も久々に会った幼馴染の姿に、過去の面影を探していたのかもしれない。
「カラオケ、青は行くの?」
 お互いに月を眺めながら話す。
「そうだね。明日は特に用事入れてないし、せっかくだから行こうかな。郁は?」
 月から隣へと目を移すと、「俺も行こうかな」とかすかに郁が微笑んでいるのに気づいた。笑っていると、少し昔の郁に戻った感じがする。
 このまま、また昔みたいに仲良くなれたらいいのにな。
 見上げた月に、ふとそんなことを思いながら、郁と共に少し先を歩くみんなの後を追いかけた。

5/26/2024, 3:25:43 PM