僕が君と過ごした時間。人生の何十分の一にも満たないわずかな時間。その中には何十年、何百年ではきかない想い出が詰まっていた。
君といる時に感じた鼓動の高鳴りを身体が覚えて、知らず知らずのうちに君を求めていた。君が笑うと僕の打つ脈は誰よりも重く深くなっていく。相手に好意を抱くというのは特別初めてという訳ではなかった。それなのに、君といるとすべてが新しく煌めいて見えた。
君が異性を怖がってしまうと僕に打ち明けてくれたことが僕たちの美しい時間の始まりだった。本当はあまり関わりたくなくて、でもあなたとなら…と視線を僕から逸らして呟いた君。瞳に映った空は今まで生きた中で最も美しかったと断言出来るほど僕には眩しく見えた。君との恋仲が始まって僕は浮かれていたんだな。
春も夏も秋も冬も、君はいつでも僕を連れ出した。ウィンドーショッピングが好きだからと街へ出たかと思うと夜のネオン街で雰囲気の漂うバーで乾杯もした。酔った君とのカラオケ。君は覚えているだろうか。僕に背中を向けて歌った𝐼 𝑙𝑜𝑣𝑒 𝑦𝑜𝑢。たった一言の歌詞が何よりも心に刻まれたんだ。振り返って見せた頬が染まった君も綺麗だったよ。
君と身体を重ねた夜。周りの騒音なんて気にならないくらい僕たちにはお互いの鼓動しか聞こえていなかった。口づける度に漂う甘いラベンダーの香り。今では苦くさえ感じる花の香り。あの時の君の誘惑に満ちた表情が少し大人っぽく見えたんだ。
君は僕じゃない誰かを選んだ。最初からそんなつもりはなかったと。確かに君は僕に告げたよね。君の隣にいたのは僕より仲を深めた僕の知らない奴だった。罪深い人だな、その人とはちゃんと目が合っているんだから。君が一度も僕と目を合わせてくれなかったのは初めからお遊びだったからだよね。あなたとならって口説き文句だったんだよね。気づいていたよ、心のどこかで。それでも僕たちの時間は美しかった。僕だって満足した、たくさんの想い出ができたから。それなのにどうして別れを告げた君が泣くの?君が泣いたら僕たちの最後が美しくなくなってしまうじゃないか。あなたと過ごすうちに好きになってしまったの、でも私とじゃ幸せになれないから…と涙ながらに伝える君に僕は最後の口づけをした。他の奴ができない君の人生で一番深い美しい口づけを。あの日が君と目が合った最初で最後の日。幸せになるんだよ、それだけ伝えて僕たちの美しい関係に終わりを告げたんだ。
題材「たくさんの想い出」
11/18/2024, 11:40:03 AM