撫子

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 メーデーメーデー。

 目覚めと同時に呟いた言葉に、特に意味はない。強いて言うなら、今日も声が出るかの確認作業だろうか。
 窓の外は、依然として漆黒のまま。
 特殊硝子を隔てた向こうは、人が生身で存在できない絶対零度の闇なのだということも、時々自分に言い聞かせることにしている。

 生まれ育った家や土地、ひいては国が、宇宙に浮かぶ惑星の上にあるのだという事実を、突如として突きつけられたあの日。動揺する私を緊急用脱出シェルターに押し込み、必ず帰れるから大丈夫だよ、と笑みを貼り付けながら射出作業を行った兄は、どうしているだろう。生きているのだろうか、あの星で。
 そうして漂流者となった私の世界は、寝ても覚めてもこのシェルターだけ。もともと数人が生活することを前提としているため、かつての私の部屋などよりは断然広く、空気の自動循環システムも備わっており、食料なども一年分はストックしてある。
 なぜ、兄を引きずり込まなかったのだろう。
 何百回と繰り返した問は、今日も無限の暗闇に吸い込まれて消えていった。
 この生活を始めて今日で115日目。食料が尽きたり、循環システムが停止したら、すべてが終わる。
 いっそのこと、ヤケ食いでもして外に飛び出してみようか、なんて考えることにももう飽きてしまって、新鮮味がない。

 メーデーメーデー。
 今日もこの部屋でひとり、残り時間を消費する。声が出るか確かめるのは、確証のないいつかを待ち望むから。また、誰かと会話できる日が来ることを願って。
 メーデー、メーデー。
 
(おうち時間でやりたいこと)

5/14/2023, 1:37:23 AM