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風邪

喉に異物が張り付く感覚で目が覚めた。

頭がはっきりとしていく事に感じ始める酷い悪寒、だる重く感じる腕と頭。喉の違和感は痛みに変わっていく。アタシは直さずにそのまま置いてあった体温計を手に取り、それを脇に挟んだ。
しばらくしてピピッと電子音が鳴り響く。



「あー……マズイな…これ。」
デジタル表示された温度を見て思わずため息を吐く。
39.8℃。
完璧に風邪だった。

最近は季節の変わり目や、忙しい日々が続いていたこともあり、ストレスや体が弱りきっていたのだろう。
今日が仕事休みで良かった。


そんな事を考えているうちにだんだん視界もぐるぐる回って気持ち悪くなってきた。
徐々に主張してくる喉と頭の痛みを無視するかのようにアタシは布団に潜り込んだ。

乱雑に投げられたスマホから心配しているメッセージがいくつか届いたのか通知音が鳴り響いていたが、それらを見返す気力はなかった。


頭も喉も関節も、何もかもが痛い。
薬を飲まないといけないのに、それを取りに行く力もない。息は熱を帯びているのに、体全体は寒さを感じて震えている。
眠らないといけないのに、眠れない。一人でいるのがとても心細くなった。


「あー…くそ………いい年してんのになっさけない………」
かすれた声で苛つきながらアタシはそう独り言を吐き漏らすしかなかった。


アイツらに会いたい……


ピンポーン…
そんな事を考えながら布団で丸まっているとインターホンが家中に鳴り響いた。
宅配便か、あるいはセールス、勧誘か。
どちらにせよ、今は出る気になれなかったが、何度もピンポーンと繰り返す鳴るインターホンに苛立ちを覚えながらフラフラとゆっくり身体を起こして玄関へと歩いていく。


ゆっくりと玄関の扉を開ける。そこにいたのは、アタシのカズ少ない女友達、「アキラ」だった。
元気のいい彼女の挨拶が聞こえてくる。いつもは元気をもらえるはずが、頭に響いて凄くうるさかった。
しかし、もしそうだったとしても、一人で心細い時にやってきてくれるのは凄く心強かった。


「やっと見つけたよ〜!ハクトウさん電話とかチャットとかしても全然出てくれないんだから………」
「あき………ら……」
アタシは気がつけば、ふらりと倒れてその場に座り込んでしまっていた。
振り絞って放った言葉もかすれていて凄くカッコ悪い。
アキラは慌てながらも恐る恐るアタシの体を支えると、心配そうにアタシを見つめていた。
こんな若造に心配されるのなんてカッコ悪いと思っていたが、プライドよりも、体のだるさ、辛さが勝ってしまう。アキラの心配そうな顔を最後に、アタシは意識を手放した。








次にアタシが目覚めたのは喉の痛みが徐々にはっきりとしたから、そして額にうっすらと冷たい感覚を感じたからだった。
冷たい感覚の正体を探ろうと額に手を置いてみると、感覚の正体は濡れたタオルだとすぐにわかった。

「あ、起きた起きた。ハクトウさんおはよ〜」
ふと声のする方を向く。そこには家を訪ねてきたアキラが目覚めたアタシを安心したような顔つきで見つめていた。

「いや〜びっくりしたよ〜…ハクトウさんってば急に倒れちゃってさ〜!支えた時に肩とか持ったんだけど……すっごいあっついのなんの!!」
アキラは身振り手振りで詳細を伝えた。アタシはしばらく話を聞いていたが、喉の痛みが主張してきて、思わず、げほっ…と咳をした。
「ハクトウさん喉痛い?まっててね!水持って来るよ!!」
咳をしていたことに気づくと、すぐさまアキラはコップを取り出し、水を注いだ。
……さすが何度もうちに遊びに来ているだけあって、冷蔵庫の中、コップの置き場所などはもう既に理解されていた。
「ハクトウさん、飲める?ゆっくりだからね!」
アキラはそういいながらアタシにそっとコップを渡す。………介護される年齢じゃねぇよ。
なんてひねくれた答えをアタシは彼女にぶつけた。アキラは内心ほっとしたような顔でおちゃらけていた。


風邪は嫌いだ。しんどいだけだし心細くなるし、自分の弱さが垣間見えて自分がさらに嫌いになる。


……でも、

「何かしんどいことあったらボクに言ってよ?今日はゆっくり休んでボクにたっぷり甘えることが今日のハクトウさんの仕事だからね〜!!」

……こんなに手厚く看病されて、温かい思いになるんだったら、たまには風邪でもいいかもしれない。





そんな事をふとアタシは考え、いやいや…と自分の考えを即座に否定する。
アキラがかけている布団の上にさらに布団を重ねてくれた。

…やっぱり、ほんのり心が暖かかった。

12/16/2023, 2:43:34 PM