なっく

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[タイトル:星座にはなれない私]
[お題:束の間の休息]

 深夜二時を回っても、自己PRが一文字も埋まらない私のような人間が入れる企業なんてものがあるのだろうか。
 ないことはない、と思う。
 通っている大学の去年の内定者情報を見れば、私と同じ学部学科は八〇パーセント以上が就職できている。似たもの同士であるはずの友人も、だいたい内定が出ていて、遺伝子のもとである両親も就活を成功している。
 私だけがそこから溢れている、とは思えないし、思いたくない。
 それに、世の中には自己PRなんて嘘で塗り固めて内定を勝ち取る人もいる。埋まらないなら、無理やり埋めればいい、と。
「それができたら苦労しないよなー」
 なんて嘯いて、私は溜まりに溜まった検索タブを見返す。
『自己PRの書き方』
 まず目に映るのは、特別なことなんて書かなくていい、という一文。
 海外留学とか、バイトリーダーとしてとか、ゼミ長としてとか、そんなのはいらない、と。あくまで伝え方が重要で、華やかな経験がないからと嘘をつく必要はない。らしい。
 じゃあ何を書けばいいんだ。そんな気持ちで先を進めると、バイトとかTOEICとかサークルとか言ってくる。
 ねーよ、そんなの。コロナ禍なめんな。
 必死に引きこもってた奴らがバカを見る世の中だと、つくづく思う。バイトもサークルも、コロナじゃなきゃやってた。ありがたいことに親からの仕送りで十分に生活できた。趣味もやりたいこともなかったから。TOEICはどうだろう。友達がいたら一緒に挑戦していたかもしれない。向上心がなくても書けたであろう、自己がとことんまで欠けている。
 まぁ、結局自分のせいなんだろうな。だって、同世代はみんな条件同じだし。
 こんなふうに悲観してばかりで、時間だけが過ぎていく。その結果の午前二時。
 そういえば志望動機も書けてない。
 生きるために働くだけなのに、やりたいこととか求められても困る。でも、なんでもいいってフリーターしてると、将来生きることができない。ここで生活保護で生きればいいやって、振り切れないのも私の弱さだろうか。
 ふと、机の隅に置いていた履歴書に貼る予定の写真が目に入った。髪を束ねて背後に垂らし、葬式みたいな真っ黒のリクルートスーツに身を包む。せっかく写真館にお願いしたのに、目は死人みたいに澱んでいて、どことなく頬がこけている。私が人事ならこんなやつは採用したくない。
「・・・・・・一旦、休憩」
 うんざりして呟いた。
 休憩、といっても、常に半分くらい休憩しているようなものだ。一文字も書かずに見つめているだけで、履歴書を書いてる、とは言い難い。
 束の間の休息に、私は外に出た。夏休みは既に終わり、少しずつ秋めいてきている。街灯に虫が寄り付き、自動販売機には蜘蛛の巣が張っている。近くの水田には蛙が多く棲息しているようで、ゲコゲコと煩く鳴いている。
 七部袖くらいの緑のパーカーを着て、緩慢な速度で夜の住宅街を往く。先ほど自動販売機を通り過ぎたばかりだが、向かう先は別の自動販売機だ。そこにしか無いものが買いたい、というわけじゃなく、なんとなく歩きたい時に目印として定めた場所。往復で二十分程度なので、気分転換にちょうど良いのだ。
 イヤホンからは少しだけ古い音楽が流れる。サブスクに加入して以降、リピートするのは高校時代に流行った曲ばかり。なぜかは知らないが、大学に入ってから流行った曲はあまり好きになれなかった。
 懐かしさに身をやつしながら、少し空を見上げる。星座には詳しく無いので、オリオン座くらいしかわからない。

 オリオン座の名前の由来になっているオリオンとは、ギリシャ神話に登場する狩人だ。たくましく凛々しい美青年の形で描かれることが多く、好色としても知られる。
 彼を語るなら、恋人であるアルテミスも語らなくてはならない。ちょうど、今日は月も見える。月の女神であるアルテミスは、オリオンと運命的な出会いをした。なにせ狩人と狩猟の女神、気が合わないわけがない。
 そんなこんなで二人は恋人になるが、これに反対したのがアルテミスの兄であるアポロン。オリオンの粗暴な性格と、アルテミスが処女神であることが理由、らしい。
 ある日、アポロンは毒サソリをオリオンに放ち、彼は驚いて海に逃げる。海上付近を泳ぐオリオンの頭は、ただの光る岩にすら見えた。
 そしてアポロンはアルテミスに言った。
「君でもあれは射ち当てることは出来まい」
 
 巧みに、残酷に、でもギリシャ神話はそういうお話ばっかりだ。ギリシャ神話はとりわけ人間らしい神様だと評する人がいるけれど、間違いなく人である私は、やっぱりオリオンとアルテミスには幸せになって欲しかったなと思う。

 浜に打ち上がった死体のオリオンを見たアルテミスはどんな気持ちだっただろうか。オリオンを星座にしてくれとゼウスに頼んだ気持ちは。
 
 恋人はもう何年もいない。高校生の時、私に告白したアイツは、私が死んだら星座になって欲しいと思うだろうか。
「星座になれます、なんて自己PRじゃ誰も雇ってくれないな」
 休憩だというのに、結局そのことを考える。私は切り替えが上手くない。短所発見。短所ならいくらでも浮かぶのに、よく裏表とかいわれる長所のはちっとも浮かばない。
 長所もないしエピソードもない。〇から一はダメで、一から百はいいとかいうけど、私には一がない。
 私は改めて自分が星座になったらと考えて、思わず笑みが溢れた。私が星座なら、毎朝の星座占いは常に最下位だろう。
 言うことなんて何もない。ラッキーアイテムは心臓とか。あるいは履歴書。

 色々と考えごとをしているうちに、私は目的の自動販売機の前に辿り着いた。値上がりした百八十円のコーラをCokeOnで買って、すぐに開ける。
 プシュ、といい音がした。
 道路の真ん中を、はしたなくガニ股で歩きながら、喉を鳴らす。炭酸は一気飲みには向かないけれど、三分の一くらいは飲んだ。
 口の端が少しベタつく。
 残りを飲みながら、中途半端に考えごとをする。そういえば就職しない道もあるにはある。家庭に入る、という選択肢。
「そんなのあったな」
 そう言いながら、だからどうした、と思う。履歴書も婚姻届も、本質は変わりない。
 自分が、貴方に、合うか。就活も恋も同じこと。そうでないなら、その紙の先は地獄になる。だから履歴書も書けないのに、婚姻届なんて書けるはずもない。

 そう思いながら、私は左手を空に掲げる。先にはちょうど月があったので、なんとなく薬指の付け根あたりと被せてみる。
 それで何が変わるわけでもないけれど。
 

「こんにちはー、Uber eatsでーす」
 ガチャリとドアが開けられて、のそりと腕が伸びる。それにスシローから貰ってきた一人前の寿司を受け渡すと、小さくありがとうございますと聞こえた。
「ありがとうございましたー」
 そう言って、専用のバックを背負うと、背中越しに鍵の閉まる音がした。防犯意識は大変よろしいのだが、自分が正しく不審者だと言われているようで、なんだか切ない気分になる。
 そんな私の気落ちなんて関係なしに、次の依頼がスマホに届く。受けるか、受けないかは自分次第。もちろん、フリーターの私にとって、選択肢はあってないようなものである。
 自転車に乗って店舗へと急ぐ。最近努力義務化したヘルメットが重い。元々体力があるわけでもないので、緩やかに五月の風を切る。

 Uber eatsには履歴書がいらない。それが私の選んだ理由。
 ネット上の先輩曰く、コロナ禍よりは稼げないが、今でも充分需要はあるとのこと。もちろん、不安定な職業だし、一生自転車を漕ぎ続けるわけにはいかない。就活失敗に対する気休めにしかならない。
 両親は私の選択を渋々ながら了承したくれた。貴女の人生だから、と。我ながら甘い両親だと思う。時にその甘さが失敗を招くのだと、つい教えてあげたくなる。
「これは休憩だよ。人生の、束の間の休息だ」
 こんな論理がまかり通るなんてこと、あっちゃいけないんだよ。なにせ、人生は常に人生だ。生きている限り人生なんだから、休息なんてあるはずもない。
 あるいは、死んで星座になれば、それこそが休息なのかもしれない。
 私は星座に向かないけれど。
 
 やがて信号に差し掛かる。目の前では青が点滅し、もうすぐ切り替わることを教えてくれている。時々、マナーのなっていない配達員が歩道や赤信号をかっ飛ばす様がSNS上に流れるが、未だに私はそれをする度胸がない。これを突っ切って貰えるかもしれないチップに必死になれないのは、まだ私が半人前だからだろうか。
 まだ信号は点滅だったけれど、大人しく止まる。私の速力じゃ、向こう岸まで辿り着けない。

 私の死体は、きっと岸には辿り着かないだろう。

10/8/2023, 10:19:33 PM