ルー

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「卓也! 居る?」
 ドアチャイムとドアの開閉の音に続いて、香住の声が聞こえた。弟の卓也は、リビングのソファーにふんぞり返り、テレビを観ていた。
「大学は?」
「今日の講義は、午前だけ」
 姉の問いに気怠そうに返した卓也は、そちらに視線を向けて目を丸くする。香住の背後に、一体のロボットが控えていたのである。
「何? それ……」
「何って……、ロボットよ」
 弟の問いに、香住は当然のように返した。全身白色で、関節の稼働部が黒くなっている。人間の顔面を模した顔に、透明に近い瞳。額にある丸いレンズは、カメラらしい。必要以上に大きなバストと括れたウエストが、女性を模したロボット……ということが分かる。
「それは、分かっているよ。どうしてここに連れてきたのか……ってことを、訊きたいの」
 その質問にも、香住の態度に変化はない。
「決まっているじゃない。あなたに、モニターを頼みたいのよ」
「ええっ!」
 そんな面倒臭いこと……。そう訴えるように、大袈裟に驚いてみせた卓也。やはり……。それでも、香住の態度は変わらない。
「頭脳は、かなり高性能のAIだから。生活に不自由することは、無いと思うわ。分からないことは、彼女に訊いてね。モニターに関することだけね。それと…。ちゃんと、勉強しなさいよ」
 それだけ言い残して、香住は出て言った。
 同時に……。ロボットが、卓也の前に立ち、テレビを遮る。
「初めまして。R30と申します」
 ペコリとお辞儀をして、綺麗な女声で話すR30。ポカーンと見ている卓也に、申し出る。
「何か、お申し付け下さい」
「う……、うん。そ……、掃除を」
 ちょっと、照れ臭くなったのか。卓也は、ドキドキしながら、お約束の言葉を口にした。

 卓也は、大学の四年生。但し……。二回目の四年生である。香住は、卓也と違う大学の大学院に通っている。父親は教授で、母親は准教授。どちらも、香住の通う大学院でロボットの研究をしている。
 三人が理系の大学を卒業したのに対して、卓也だけは文系の大学に入った。

 R30は、良く気が利き、良く働くロボットだ。朝は卓也を起こしてくれるし、卓也が帰宅すれば玄関で出迎える。

 ある日……。
「うーん……」
 卓也は頭を抱えていた。明日提出のレポートが、なかなか進まないのである。
「どうしよう?」
 半ば諦めていた卓也の目に、掃除をしているR30が映った。彼女の頭脳なら、こんなレポート、簡単に仕上げられるのに。でも……なぁ。そんなことをしたのが、お姉さんにバレたら。
 自分が頑張る……という選択肢は捨てたようで、あれこれ考える卓也。あっ! そうだ!
 何かを思い付いた卓也は、R30を呼んだ。
「確か……。高性能のAIを、内蔵しているんだよね?」
「はい」
「この課題のレポート、R30ならどう作る? その辺が、知りたいんだけど。いいかな?」
「畏まりました」
 課題を確認したR30が、レポートの内容を卓也に話す。それを、一字一句違わず書き込んでいく卓也。
 ヘヘヘッ。これも、モニターの仕事だもんね。R30のAIが、どれだけの性能を持っているか……を調べる。
 それからも……。
「R30のAIが、どれだけの性能を持っているか。もっと知りたいんだ」
 何とか理由を付けて、大学のレポートをやらせていた。

 しかし……。ある日、卓也はあることに気付く。
 R30が来て、三週間。でも……。燃料を補給しているところを、一度も見ていない。
 電気のソケットやUSBケーブルはおろか、太陽光発電のパネルも無い。
 ま……まさか、ね。一抹の不安を感じた卓也は、R30に訊いてみた。
「ねぇ。R30のことが、もっと知りたいんだけど」
「はい。何ですか?」
 掃除の手を止めて、そう訊いてきたR30。
「R30のエネルギーって、何?」
 その問いには、少し間をおいて。
「フフフッ」
 意味深な笑いで返しただけである。

3/13/2023, 5:20:00 AM