小説家X

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『窓から見える景色』

 電車に揺られながら感じるのは秋の空気。徐々に減速し、ホーム側のドアが開くと、金木犀の香りが鼻腔を満たす。行き違いの電車を待つらしく、暫くこの駅に停まるようだ。葵は背負ったバッグから一眼レフを取り出す。
 この時間に電車を利用する人は少ない。平日の活動時間が曖昧な写真部だからこそ、人のいない電車に乗ることができるのだ。葵はカメラを構える。
 レンズの向こうにあるのは、人のいないプラットホーム。金網フェンスの隙間から金木犀がこちらに顔を覗かせている。カメラを構え、1ミリも動かずに周囲と一体化して、葵はその瞬間を待つ。秋を感じさせる肌寒い風が止んだその時、シャッターを切る。西陽を受けて咲き誇る金木犀が、風に揺られる様子をしっかり画角に収め、葵はまた車内の席に座る。良い写真が撮れた、という達成感が心地好い。
 電車がまた動きだす。車内の窓から秋空を眺めながら葵は思う。秋という季節は短い。来年の今頃は受験勉強に追われているだろう。一度きりの高二の秋、沢山写真に収めたいな。雲一つない空の青に吸い込まれるような気持ちになった。
 電車から降りた葵は、秋の夕暮れに呟いた。明日の部活で皆に写真を見せよう、颯斗君は何て言ってくれるかな。

9/25/2023, 11:01:50 PM